第一回 → 黄巾賊(一)
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大丈夫の誓ひは結ばれた。然(しか)し徒手空拳とはまつたくこの三人の事だつた。しかも志は天下に在る。
「さて、何(ど)うしたものか」
翌日(あくるひ)はもう酒を飲んでたゞ快哉を云つてゐる日ではない。理想から実行へ、第一歩を踏出す日である。
朝飯を喰べると、すぐその卓の上で、いかに実行へかゝるかの問題が出た。
「何(ど)うかなるよ。男児が、しかも三人一体で、やらうとすれば」
張飛は、理論家でない。又計画家でもない。遮二無二、実行力に燃える猪突邁進家なのである。
「何(ど)うかなるつて、たゞ貴公のやうに、力んでばかりゐたつて何(ど)うもならん。先(ま)づ、一郡の土を持たんとするには、一旗(イツキ)の兵が要る。一旗の兵を持つには、尠(すくな)くも相当の軍費と、兵器と、馬とが必要だな」
が、関羽は、常識家であった。二人のことばを飽和すると、そこにちやうどよい情熱と常理との推進力が醸されてくる。
劉備は、その何(いづ)れへも、頷きを与えて、
「さうです。かう三人の一念を以(もつ)てすれば、必ず大事を成し得る事は目に見えてゐますが、さし当つて、兵隊です。——これをひとつ募りませう」
「馬も、兵器も、金もなく、募りに応じて来る者がありませうか」
関羽の憂ひを、劉備はかろく微笑を以て打消し、
「いさゝか、自信があります。——と云ふのは、実はこの楼桑村の内にも、平常からそれとなく、私が目にかけて、同憂の志を持つてゐる青年たちが少々あります。——又、近郷に亘(わた)つて、檄を飛ばせば、恐らく今の時勢に、鬱念を感じてゐる者も尠くはありませんから、屹度(きつと)、三十人や四十人の兵はすぐできるかと思ひます」
「成程」
「ですから、恐れ入るが、関羽どのゝ筆で、一つ檄文を起草して下さい。それを配るのは、私の知つてゐる村の青年にやらせますから」
「いや、手前は、生来悪文の質(たち)ですから、ひとつそれは、劉長兄に起草していたゞかう」
「いゝや貴方(あなた)は多年塾を持つて、子弟を教育してゐたから、さういふ子弟の気持を打つことは、よくお心得の筈だ。どうか書いて下さい」
すると張飛が側(そば)から云つた。
「こら関羽、怪(け)しからんぞ」
「何が怪しからん」
「長兄劉玄徳のことば、主命の如く反(そむ)くまいぞ、昨日、約束したばかりぢやないか」
「やあ、これは一本、張飛にやられたな、よし早速書かう」
飛檄はでき上つた。
なか[なか]名文である。荘重なる慷慨の気と、憂国の文字は、読む者を打たずに措かなかつた。
それが近郷へ飛ばされると、やがての事、劉玄徳の破れ家の門前には、毎日、七名十名づゝとわれこそ天下の豪傑たらんとする熱血の壮士が集まつて来た。
張飛は、門前へ出て、
「お前達は、われ[われ]の檄を見て、兵隊にならうと望んで来たのか」
と、採用係の試験官になつて、いち[いち]姓名や生国や、又、その志を質問した。
「さうです、大人(タイジン)がたのお名前と、義挙の趣旨に賛同して、旗下に馳せ参じて来た者共です」
壮士等は異口同音に云つた。
「さうか、どれを見ても、頼もしい面魂(つらだましい)、早速、われわれの旗挙(はたあげ)に、加盟をゆるすが、然(しか)しわれ等の志は、黄巾賊の輩(ハイ)の如く、野盗掠奪を旨とするのとは違ふぞ。天下の塗炭を救ひ、害賊を討ち、国土に即した公権を確立し、やがては永遠の平和と民福を計るにある。分つてをるかそこのところは!」
張飛は、一場の訓示を垂れて、それから又、次のやうに誓はせた。
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次回 → 義盟(五)(2023年10月24日(火)18時配信)