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連載第95回 → 乱兆(一)
(全14冊本第2巻「群星の巻」初回。昭和14年12月20日付掲載)
前回はこちら → 健啖天下一(四)
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呂布は、小沛の敵——劉玄徳には、さう恐れを抱いてゐない。
彼が恐れてゐるのは、曹操を敵にまはすことである。
が、玄徳を攻めれば、当然、曹操を敵として、乾坤一擲(ケンコンイツテキ)の運命を賭すまでの局面へ行当る——
それは、避けたいのだ。しかし目前の玄徳は討たざるを得ない。すでに、小沛の城は三方から自分の兵で押しつゝんでいる。
(袁術との同盟さへ成れば、曹操が起(た)つても、恐るゝには足らないが)
と考へて、彼は急遽、郝萌を淮南へ飛ばし、袁術の肚を当つてみたわけであるが、先も足もとを見て、妥協しかねる条件を持出すなど、不遜な態度を示したので、呂布は自己の面子(メンツ)としても、又、わが娘(こ)への愛着からも、これ以上の屈辱には忍べなかつた。
で。——その方が望み薄と極(きま)ると、却つて彼は肚がすはつたやうに
「よし、この上は」
と翌日は、自身、戦場に臨んで、督戦した。
「こんな小城一つに、幾日、攻めあぐねてをるぞ。一押しに、踏みつぶせ」
味方を叱咤しながら、彼を乗せた赤兎馬は、はや小沛の城の下まで迫つてゐた。
すると城壁の上に、劉玄徳がすがたを現して、呂布へ呼びかけ、諄々(ジユン/\)と云つた。
「呂将軍、呂将軍。何とてかくは烈しく囲み給ふか。それがしと将軍とは、情あり恩あり、誼(よし)みこそあれ、仇(あだ)はない筈。——先に、曹操より天子の勅命として、それがしに兵を催せとの厳命故、やむなく承知の返簡は認めたが、何で立ち所に将軍との旧交を捨てゝ故なき害意をさし挟まうや。願はくは、御賢慮あれ。——将軍とこの劉備とが戦つて、相互の兵力を多大に消耗し尽すを、陰でよろこび、陰で利益する者は、何者なるかを、深く御賢察あれや」
呂布は、それを聞くと、しばらく馬上に黙然としてゐたが、突然
「包囲は解くな」
と、味方へいひつけて、ひらりと、陣後へ馬を回(かへ)してしまつた。
弱点といはうか、人間性に富むといはうか、呂布は実に迷ひの多い漢(をとこ)ではあつた。こゝまで駒を寄せながら、玄徳が理を尽して説くと、又、
(さうかな?)
といふ気迷ひに囚(とら)はれて、自身は徐州の城へ帰つてしまつた。
従つて寄手の包囲陣も、その儘(まゝ)、むなしく日を送つてゐるまに、それより前に小沛を脱出してゐた劉玄徳の急使は、早くも許都に着いて、
「委細は、主人劉備の書中にございますが、かく/\の次第、一刻もはやく御救援を乞ひまする」
と、告げた。
曹操は、直(たゞち)に相府へ諸大将をあつめて、小沛の急変を伝へ、同時に、
「劉備を見ごろしにしては、余の信義に反(そむ)く。今、袁紹は北平の討伐に向ひ、それに憂ひはないが、なほ余の背後には張繡、劉表の勢力が、常に都の虚をうかゞふてゐる。——とはいへ、呂布を放置して措かんか、これ又、いよ/\勢を強大にし、将来の患(クワン)となるのは目に見えてをる。——如(し)かず、一部の者に、許都の留守をあづけ、余は劉備を援けて、共にこの際、呂布の息の根をとめて来ようと思ふ。汝らは、如何(いか)に思ふか」
と、評議に諮つた。
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次回 → 健啖天下一(六)(2024年10月24日(木)18時配信)