三国志研究会(全国版)会報

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吉川英治『三国志(新聞連載版)』(298)平和主義者(一)
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吉川英治『三国志(新聞連載版)』(298)平和主義者(一)

昭和15年(1940)8月25日(日)付掲載(8月24日(土)配達)

三国志研究会(全国版)
Aug 24, 2024

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(2024年8月25日より本格的に稼動予定。外部サービス「note」にリンク)

第一回 → 黄巾賊(一)

前回はこちら →  名医(五)

***************************************

 江南江東八十一州は、今や、時代の人、孫策の治めるところとなつた。兵は強く、地味は肥沃、文化は潑剌(ハツラツ)と清新を呈してきて、

 小覇王孫郎

 の位置は、確固たるものになつた。

 諸将を分けて、各地の要害を守らせる一方、ひろく賢才をあつめて、善政を布(し)いた。やがて亦、朝廷に表を捧げて、中央の曹操と親交をむすぶなど、外交的にも進出する傍(かたは)ら、曽(かつ)て身を寄せてゐた淮南の袁術へ、

「爾来(ジライ)、御ぶさたをいたしてゐましたが」

 と、久しぶりに消息を送つて、さて、その使者を以(もつ)て、かう云はせた。

「かねて、お手許へお預けしておいた伝国の玉璽ですが、あれは大切なる故人孫堅の遺物(かたみ)ですから、この際お返しねがひたいものです。——勿論、当時拝借した兵馬に価する物は、十倍にもして、お返し申しますが」

   ×   ×

     ×   ×

 時に。

 その後の袁術の勢力はどうかといふに、彼もまた淮南を中心に、江蘇、安徽一帯に亘(わた)つていよ/\強大を加へ、しかも内心不敵な野望を抱いてゐたから、軍備城寨には殊(こと)に力を注いでゐた。

「今日、この議閣に、諸君の参集を求めたのはほかでもないが、今となつて孫策から、遽(にはか)に、伝国の玉璽を返せと言つてきた。——どう答へてやつたものだらうか、それに就(つい)て、各々に意見あらば言つてもらひたい」

 その日。

 袁術は、三十餘名の諸大将へ向つて諮(はか)つた。

 長史楊大将(ヤウタイシヤウ)、都督長勲(チヤウクン)をはじめとして、紀霊、橋蕤(キヨウスイ)、雷薄(ライハク)、陳闌(チンラン)——といつたやうな歴々がのこらず顔をそろへてゐた。

「真面目に御返辞などやるには当りますまい、黙殺しておけばよろしい」

 一人の大将が言ふ。

 すると、次席の将が又、

「孫策は、忘恩の徒だ。——御当家で養はれたばかりか、偽つて、三千の兵と、五百頭の馬を拝借して去つたまゝ、今日まで何の沙汰もして来ない。——便りをしてきたと思へば、預けた品を返せとは何たる無礼か」

 と、罵つた。

「ウム、ウム」

 袁術の顔色は良かつた。

 諸臣はみな彼の野望をうす/\知つてゐた。で、一斉に、

「よろしく江東に派兵して、忘恩の徒を懲(こら)すべきである」

 と、衆口こぞつて云つた。

 しかし、楊大将は反対して、

「江東を討つには、長江の嶮を渡らねばならん。しかも孫策は今、日の出の勢で、士気は昂(あが)つてゐる——如(し)かず、こゝは一歩自重して先(ま)づ北方の憂ひをのぞき、味方の富強を増大しておいてから悠々南へ攻め入つても遅くないでせう」

「さうだ。……北隣の憂ひといへば小沛の劉備と、徐州の呂布だが」

「小沛の劉備は小勢ですから、踏みやぶるに造作はありませんが、呂布がひかへてゐます。——そこで謀計をもつて、二者を裂かねばかゝれません」

「如何にして、二者を反(そむ)かせるか」

「それは易々(やす/\)とできませう。たゞし、先に御当家から呂布へ与へると約束した兵糧五万斛(コク)、金銀一万両、馬、緞子(ドンス)などの品々を、きれいにくれてやる必要がありますが」

「よし、やらう」

 袁術は、即座にその説を取り上げた。

「やがて、小沛と徐州がおれの饗膳(キヨウゼン)へ上るとすれば、安い代価だ」

 先に、劉備と戦つた折、呂布へ与へると約束して与へなかつた糧米、金銀、織布(シヨクフ)、名馬など、莫大なものが、程なく徐州へ向けて蜿蜒(エンエン)と輸送されて行つた。

 呂布の歓心を求める為に。

 そして、劉備を孤立させ、その劉備を屠(ほうむ)つてから、呂布を制する謀計であることは云ふまでもない。

***************************************

次回 → 平和主義者(二)(2024年8月26日(月)18時配信)

なお、日曜日については夕刊が休刊のため、配信はありません。

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