第一回 → 黄巾賊(一)
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劉備は、母が遽(にはか)に改まつて自分の身装(みなり)を見てゐるので、
「どうしたのですかおつ母さん」
不審(いぶか)しげに訊いた。
母は、いつになく厳粛な容子を作つて、
「劉備」
と、声まで、常とはちがつて呼んだ。
「はい。何ですか」
「お前の佩いてゐる剣は、それは誰の剣ですか」
「わたくしのですが」
「嘘をお云ひ。旅に出る前の物とはちがつてゐる。お前の剣は、お父さんから遺物(かたみ)に戴いた——御先祖から伝はつてゐる剣の筈です。それを、何処へやつてしまったのです?」
「……はい」
「はいではありません。片時でも肌身から離してはなりませぬぞと、わしからも呉々(くれぐれ)云つてある筈です。何(ど)うしたのだえ、あの大事な剣は」
「実は、その……」
劉備はさし俯向いてしまつた。
母の顔は、いよ[いよ]峻厳に変つてゐた。劉備が口ごもつて居ると、なほ追及して、
「まさか手放してしまつたのではあるまいね」
と念を押した。
劉備は、両手をつかへて、
「申しわけありません。実は旅から帰る途中、或者に礼として与へてしまひましたので」
云ふと、母は
「えつ、人に与へてしまつたツて。——ま!あの剣を」
と、顔いろを変へた。
劉備はそこで、黄巾賊の一群につかまつて、人質になつた事や、茶壺も剣も奪り上げられてしまつた事や、それから漸(やうや)く救はれて、賊の群から脱出して来たが、再び追ひつかれて黄匪の重囲に陥ち、すでに斬死しようとした時、卒の張飛といふ者が、一命を助けてくれたので、欣(うれ)しさの餘り、何か礼を与へようと思つたが、身に持つてゐる物は、剣と茶壺しかなかつたので、やむなく、剣を彼に与へたのです——と審(つぶ)さに話して
「賊に捕まつた時も、張卒に助けられた時も、その折はもう何も要らないといふ気持になつてゐたんです。……けれど、この銘茶だけ、生命がけでも持つて帰つて、おつ母さんに上げたいと思つてゐました。剣を手放したのは申しわけありませんが、そんなわけで、この銘茶を、生命から二番目の物として、持ち帰つたのでございます」
「…………」
「剣は、先祖伝来の物で、大事な物には違ひありませんが、沓(くつ)や蓆を製(つく)つて生活(くら)してゐるあひだは、張卒から貰つた之(これ)でも決して間にあはない事もありませんから……」
母の惜しがる気持を宥めるつもりで彼がさう云ふと、何思つたか劉備の母は
「ああ——わしは、お前のお父様に申しわけがない。亡き良人(をつと)に顔向けがなりません。——わたしは、子の育て方を過つた!」
と、慟哭して叫んだ。
「何を仰つしやるんです。おつ母さん!……何(ど)うしてそんな事を」
母の心を酌みかねて、劉備がおろおろと云ふと、母はやにはに、眼の前に在つた錫の小さい茶壺を取上げ
「劉備、おいで!」
と、きつい顔して、彼の腕を片手で引つ張つた。
「何処へです。おっ母さん。……ど、どこへいらつしやらうと云ふんですか」
「…………」
彼の母は、答へもせず、劉備の腕くびを固くつかんだ儘(まま)、桃園の果(はて)へ馳け出して行つた。そして其処の蟠桃河の岸まで来ると、持つてゐた錫の茶壺を、河の中ほど目がけて抛(はふ)り捨てゝしまつた。
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次回 → 桑の家(八)(2023年9月26日(火)18時配信)