三国志研究会(全国版)会報

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吉川英治『三国志(新聞連載版)』(209)大権転々(一)
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吉川英治『三国志(新聞連載版)』(209)大権転々(一)

昭和15年(1940)5月14日(火)付掲載(5月13日(月)配達)

三国志研究会(全国版)
May 13, 2024

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第一回 → 黄巾賊(一)

前回はこちら →   人間燈(にんげんとう)(六)

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 西涼(セイリヤウ)(甘粛省・蘭州)の地方に夥(おびたゞ)しい敗兵が流れこんだ。

 郿塢の城から敗走した大軍だつた。

 董卓の旧臣で、その四大将といわれる李傕、張済、郭汜、樊稠(ハンチウ)などは、連名して、使者を長安に上せ

「伏して、赦(シヤ)を乞ふ」

 と、恭順を示した。

 ところが、王允は、

「断じて赦(ゆる)せない」

 と、使を追ひ返し、即日、討伐の令を発した。

 西涼の敗兵は、大いに恐れた。

 すると、謀士の聞えある賈詡(カク)が云つた。

「動揺してはいけない。団結を解いてはならん。もし諸君が、一人一人に分離すれば、田舎の小役人の力でも召捕ることができる。よろしく集結を固め、その上に、陝西の地方民をも糾合して、長安へ殺到すべしである。——うまくゆけば、董卓の仇を報じて、朝廷をわれ等(ら)の手に奉じ、失敗したらその時逃げても遅くない」

「なる程」

 四将は、その説に従つた。

 すると、西涼一帯に、いろいろな謡言が流布されて、州民は、恐慌を起した。

「長安の王允が、大兵を向けて、地方民まで、みなごろしにすると号してゐる」

 と、いふ噂だ。

 その人心へつけ入つて

「坐して死を待つより、われわれの軍と共に、抗戦せよ!」

 と、四将を煽動した。

 集まつた雑軍を入れて、十四万といふ大軍になつた。

 気勢をあげて、押し進むと、途中で董卓の女婿(ヂヨセイ)の中郎将(チウラウシヤウ)牛輔(ギウホ)も、残兵五千をつれて、合流した。

 いよいよ意気は昂(あが)つた。

 だが、やがて敵と近づいて対峙すると

「これはいかん」

 と、四将の軍は、忽(たちま)ち意気沮喪してしまつた。

 それは、有名な呂布が向つて来たと分つたからである。

「呂布には敵(かな)はない」

 と戦はぬうちから観念したからであつた。

 で、一度は退いたか、謀士の賈詡が、夜襲しろと云つたので、夜半、ふいに戻つて敵陣を衝いた。

 ところが、敵は案外脆(もろ)かつた。

 その陣の大将は呂布でなく、董卓誅殺の時、郿塢の城へ偽勅使となつて来た李粛だつた。

 油断してゐた李粛は、兵の大半を討たれ、三十里も敗走するといふ醜態だつた。

 後陣の呂布は

「何たる〔ざま〕だ」

 と、激怒して

「戦の第一に、全軍の鋭気を挫(くじ)いた罪は浅くない」

 と、李粛を斬つてしまつた。

 李粛の首を、軍門に梟(か)けるや、彼は自身、陣頭に立ち、またゝくまに牛輔の軍を撃破した。

 牛輔は、逃げ退(の)いて、腹心の胡赤児(コセキジ)といふ者へ、蒼くなつて囁(さゝや)いた。

「呂布に出て来られては、迚(とて)も勝てるものではない。いつその事、金銀を攫(さら)つて、逃亡しようと思ふが」

「その事です。足もとの明るいうちだと、私も考へてゐた所で」

 四、五名の従者だけをつれて、未明の陣地から脱走した。

 だが、この主君の下にこの家来ありで、胡赤児は、途中の河べりまで来ると、川を渉(わた)りかけた牛輔を、不意に後(うしろ)から斬つて、その首を搔き落してしまつた。

 そして、呂布の陣へ走り

「牛輔の首を献じますから、私を取立てゝ下さい」

 と、降伏して出た。

 だが、仲間の一人が、胡赤児が牛輔を殺したのは、金銀に目がくれて、それを奪はう為(ため)であると、陰へ廻つて自白したので、呂布は

「牛輔の首だけでは取立てゝやるには不足だ。その首も出せ」

 と、胡赤児を叱咤し、その場ですぐ彼をも馘(くびき)つてしまつた。

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次回 → 大権転々(二)(2024年5月14日(火)18時配信)

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