第一回 → 黄巾賊(一)
前回はこちら → 天颷(てんぺう)(四)
***************************************
蜿々(エン/\)と行列はつゞいた。
幡旗(ハンキ)に埋められて行く車蓋、白馬(ハクバ)金鞍(キンアン)の親衛隊、数千兵の戟(ほこ)の光りなど、威風は道を掃(はら)ひ、その美しさは眼も眩(くら)むばかりだつた。
すでに十里ほど進んで来ると、車の中の董卓は、ガタツと大きく揺すぶられたので
「何(ど)うしたのだつ」
と、咎めた。
「御車の輪が折れました」
と、侍臣が恐懼(きようく)して云つた。
「なに。車の輪が折れた」
彼は、ちよつと機嫌を曇らし
「沿道の百姓どもが、道の清掃を怠つて、小石を残しておいたからだらう。見せしめの為(ため)、村長(むらをさ)を馘(くびき)れ」
彼は、傾いた車を降りて、逍遙玉面(セウエウギヨクメン)といふべつな車馬へ乗(のり)かへた。
そして又、六七里も来たかと思ふと、こんどは馬が暴れ嘶(いなゝ)いて、轡(くつわ)を切つた。
「李粛、李粛」
と、金簾(キンレン)の裡(うち)から呼んで、彼は怪しみながら訊ねた。
「車の輪が折れたり、馬が轡を嚙み切つたり、これは一体、どういふわけだらう」
「お気に懸(かけ)ることはありません。太師が、帝位に即(つ)き給(たま)ふので、旧(ふる)きを捨て新しきに代る吉兆です」
「なるほど。明(あきら)かな解釈だ」
董卓は又、機嫌を直した。
途中、一宿して、翌日は長安の都へかゝるのだつた。ところがその日は、めづらしく霧がふかく、行列が発する頃から狂風が吹きまくつて、天地は昏々と暗かつた。
「李粛。この天相は、何の瑞祥だらうか」
事々に、彼は気に病んだ。
李粛は笑つて、
「これぞ、紅光(コウクワウ)紫霧(シム)の賀瑞(ガズヰ)ではありませんか」
と、太陽を指した。
簾の陰から、雲を仰ぐと、なる程、その日の太陽には、虹色の環(わ)がかゝつてゐた。
やがて長安の外城を通り、市街へ進み入ると、民衆は軒を下ろし、道にかゞまり、頭をうごかす者もない。
王城門外には、百官が列をなして出迎えてゐた。
王允、淳于瓊(ジユンウケイ)、黄琬、皇甫嵩なども、道の傍に、拝伏して
「おめでたう存じあげます」
と、慶賀を述べ、臣下の礼を執つた。
董卓は、大得意になつて
「相府にやれ」
と、車の馭官(ギヨクワン)へ命じた。
そして相丞府(シヤウジヨウフ)にはいると
「参内は明日にしよう。すこし疲れた」
と、云つた。
その日は、休憩して、誰にも会はなかつたが、王允だけには会つて、賀をうけた。
王允は、彼に告げて
「どうか、こよひは悠々身心をおやすめ遊ばして、明日は斎戒沐浴をなし、万乗の御位(みくらゐ)を譲り受け給はらんことを」
と、禱(いの)つて去つた。
「御気分はいかゞです」
と、誰かその後から帳を窺ふ者があつた。
呂布であつた。
董卓は、彼を見ると、やはり気強くなつた。
「オヽ、いつもわしの身辺を護つてゐてくれるな」
「大事なお体ですから」
「わしが位に即(つ)いたら、そちには何を以(もつ)て酬いようかな。さうだ、兵馬の総督を任命してやろう」
「ありがたうございます」
呂布は、常のやうに戟を抱へ、彼の室外に立つて、夜もすがら忠実に護衛してゐた。
***************************************
次回 → 人間燈(にんげんとう)(二)(2024年5月7日(火)18時配信)