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吉川英治『三国志(新聞連載版)』(167)白馬将軍(三)
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吉川英治『三国志(新聞連載版)』(167)白馬将軍(三)

昭和15年(1940)3月20日(水)付掲載(3月19日(火)配達)

三国志研究会(全国版)
Mar 19, 2024

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第一回 → 黄巾賊(一)

前回はこちら →  白馬将軍(二)

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 文醜は、袁紹の旗下(キカ)で豪勇第一といはれてゐる男である。

 身丈(みのたけ)七尺をこえ、面は蟹の如く赤黒かつた。

 大将袁紹の命に、

「おうつ」

 と、答へながら、橋上へ馬を飛ばして来るなり、公孫瓚へ馳け向つて戦を挑んで来た。

「下郎、推参」

 槍を合せて、公孫瓚も怯(ひる)まず争つたが、到底、文醜の敵ではなかつた。

 ——これは敵(かな)はじ。

 と思ふと、公孫瓚は、橋東の味方のうちへ、馬を打つて逃げこんでしまつた。

「汚し」

 と、文醜は、敵の中軍へ割つて入り、どこまでも、追撃を思ひ止(とゞ)まらなかつた。

「遮れ」

「やるな」

 と、大将の危機と見て、公孫瓚の旗下、侍大将など、幾人となく、彼に当り、又幾重となく、文醜をつゝんだが、みな蹴ちらされて、死屍累々(シシルヰ/\)の惨状を呈した。

「おそろしい奴だ」

 公孫瓚は、胆(きも)を冷やして、潰走する味方とも離れて、たゞ一騎、山間の道を逃げ走つて来た。

 すると後(うしろ)で、

「生命(いのち)惜しくば、馬を降りて、降伏しろ。今のうちなら、生命だけは助けてくれよう」

 又も文醜の声がした。

 公孫瓚は、手の弓矢もかなぐり捨てゝ、生きた心地もなく、馬の尻を打つた。馬は餘りに駆けた為、岩に躓(つまづ)いて、前脚を折つてしまつた。

 当然、彼は落馬した。

 文醜はすぐ眼の前へ来た。

「やられた!」

 観念の眼をふさぎながら、剣を抜いて起き直らうとした時、何者か、上の崖から飛下りた一個の壮漢が、文醜の前へ立ちふさがるなり、物も云はず七、八十合も槍を合せて猛戦し始めたので、

「天の扶け」

 とばかり公孫瓚は、その間に、山の方へ這ひ上つて、辛くも危(あやふ)い一命を拾つた。

 文醜も遂に断念して、引つ返したとの事に、公孫瓚は、兵を集めて、さて、

「けふ不思議にも、自分の危い所を助けてくれた者は、一体どこの何人(なんぴと)か」

 と、部将に問うて、各々の隊を調べさせた。

 やがて、その人物は、公孫瓚の前にあらはれた。然(しか)し、味方の隊にゐた者ではなく、まつたく凡(たゞ)の旅人だといふ事が知れた。

「御辺は、何処(いづこ)へ帰らうとする旅人か」

 公孫瓚の問に、

「それがしは、常山(ジヤウザン)真定(シンテイ)(河北省・正定の附近)の生れ故(ゆゑ)、そこへ帰らうとする者です。趙雲(テウウン)、字(あざな)は子龍(シリウ)と云ひます」

 眉濃く、眼光は大に、見るからに堂々たる偉丈夫だつた。

 趙子龍は、つい先頃まで、袁紹の幕下にいたが、だん/\と袁紹のする事を見てゐるに、将来長く仕へる主君でないと考へられて来たので、いつそ故郷へ帰らうと思ひこゝ迄(まで)来た所だとも云ひ足した。

「さうか。この公孫瓚とても、智仁兼備の人間ではないが、御辺に仕へる気があるなら、力を協(あは)せて、共に民の塗炭の苦しみを救はうではないか」

 公孫瓚のことばに、趙子龍は、

「ともかく、止(とゞ)まつて、微力を尽してみませう」

 と、約した。

 公孫瓚は、それに気を得て、次の日、ふたたび盤河の畔に立ち、北国産の白馬二千頭を並べて、大いに陣勢を張つた。

 公孫瓚が、白い馬をたくさん持つてゐることは、先年、蒙古との戦に、白馬一色の騎兵隊を編成して、北の胡族(ゑびす)を打破つたので、それ以後、彼の「白馬陣」といへば、天下に有名になつてゐた。

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次回 → 白馬将軍(四)(2024年3月20日(水)18時配信)

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