第一回 → 黄巾賊(一)
前回はこちら → 虎牢関(二)
***************************************
呂布にはもう敵がなかつた。
無敵な彼のすがたは、ちやうど万朶(バンダ)の雲を蹴ちらす日輪のやうだつた。
彼の行くところ八州の勇猛も顔色なく、彼が馳駆するところ八鎮の太守も駒をめぐらして逃げまどつた。
袁紹も、策を失つて、
「どうしたものか」
と、曹操へ計つた。
曹操も腕拱(こまね)いて、
「呂布のごとき武勇は、何百年にひとり出るか出ないかと云つてもよい人中の鬼神だ。おそらく尋常に戦つては、天下に当る者はあるまい。——この上は、十八ケ国の諸侯を一手として、遠巻(とほまき)に攻め縮め、彼の疲れを待つて、一斉に打ちかゝり、生擒りにでもするしか策はありますまい」
「自分もさう思ふ」
と、袁紹はすぐ軍令を認めて、汜水関の方面に抑へとしてある十ケ国の諸侯へ向け、遽(にはか)に、伝令の騎士を矢つぎ早に発した。
すると。
その伝令が十騎と出ない間に、
「呂布だつ」
「呂布来る」
と、耳を突き抜くやうな声がしはじめた。
さながら怒濤に押されて来る芥(あくた)のやうに、味方の軍勢が、どつと、味方の本陣へ逃げくづれて来た。
「素破(すは)」
とばかり袁紹のまはりには、旗本の面々が、鉄桶(テツトウ)の如く集まつて、是(これ)を守り固めるやら、
「退くなツ」
と、督戦するやら、
「かゝれ、かゝれつ」
「呂布、何者」
「総がゝりにして討取れ」
などゝ、口々には励ましたが、誰あつて、生命を捨てに出る者はない。たゞ陣中は混乱を極め、阿鼻叫喚、奔馬狼兵(ホンバラウヘイ)、たゞ濛々の悽気(セイキ)が渦まくばかりであつた。
その間に、
「呂布なり、呂布なり。——曹操に会はう。敵将袁紹に見参(ゲンザン)せん。——曹操は何処にありや」
と、明らかに、呂布の声が聞えたが、袁紹は逸(いち)早く雑兵の群れへ紛れこんでゐたので、遂に彼の眼に止まらず、呂布の赤兎馬は、暴風のごとく、陣の一角を突破して、更に、次の敵陣を蹴ちらしにかゝつた。
それこそは、劉備玄徳等の従軍してゐた公孫瓚の陣地だつたのである。
呂布は、直(たゞち)に、林立する幡旗(ハンキ)を目がけて、
「公孫瓚、出合へつ」
と、猪突して行つた。
数十旒(リウ)の営旗は、風に伏す草の如く、忽ち赤兎馬に蹴ちらされて、戟(ほこ)は飛び、槍は折れ、鉄弓も鉄鎚(テツツイ)も、まるで用をなさなかつた。
「おのれ、よくも」
公孫瓚は、歯がみをして、秘蔵の戟を舞はし、近づいて戦はんとしたが、
「居たかつ」
と、赤兎馬を向けて、驀進(バクシン)して来る呂布の眼光を見ると、胆を冷やして、一支(ひとさゝ)へもなし得ず、逃げ走つてしまつた。
「口ほどにもない奴、その首を置いてゆけ」
千里を走るといふ駒の蹄から砂塵をあげて追ひかけにかゝると、その時、横合(よこあひ)から突(トツ)として、
「待てつ、呂布。——燕人(エンジン)張飛ここにあり。その首から先に貰つた」
と、一丈餘りの蛇矛を舞はして、りうりうと打つてかゝつた男があつた。
***************************************
次回 → 虎牢関(四)(2024年2月24日(土)18時配信)