第一回 → 黄巾賊(一)
前回はこちら → 関羽一杯の酒(四)
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袁紹は、股を打つて嘆声を発した。
「あゝ、惜(をし)いかな。こんな事になるならば、わが臣下の、顔良と文醜の二大将をつれて来るのだつたに」
席を立つて、地だんだを踏んだり、又席に返つて、嗟嘆をつゞけた。
「その顔良、文醜の両名は、後詰の人数を催すために、わざと国許(くにもと)へのこして来てしまつたが、もしそのうちの一人でもこゝにゐたら敵の華雄を打つ事は、手のうちにあつたものを!……」
一坐は黙然。
袁紹の叱咤ばかり高かつた。
「こゝには、国々の諸侯もかくをりながら、その臣下に、華雄を討つほどの大将一人持つてゐないとあつては、天下のあざけりではあるまいか。後代までの恥辱ではあるまいか」
とはいへ、総帥の彼自身が、すでに及ばぬ悔ひばかり呶鳴つて、焦躁に駆られてゐるので、満坐の諸侯とて言葉もなく、皆さし俯向(うつむ)いてゐるばかりだつた。
すると、その沈痛を破つて、
「こゝに人なしとは誰か云ふ。それがし願はくば、命ぜられん。またゝく間に、華雄が首を獲(と)つて、諸侯の臺下に献じ奉らん」
と、叫んだ者があつた。
諸人、驚いて、
「誰か」
と、階下を見ると、その人身の長(たけ)は長幹の松の如く、髯の長さ剣把(ケンパ)に到り、臥蚕(グワサン)の眉、丹鳳(タンホウ)の眼、さながら天来の戦鬼が、忽(コツ)として地に降りたかと疑はれた。
「彼は、何者か。いつたい誰の手に属している大将か」
袁紹が訊ねると、公孫瓚、それに答へて、
「されば、こゝにをる玄徳の弟で、関羽といふ者です」
「ほ。玄徳の弟か。して、いかなる官職にあつた者か」
「玄徳の部下として、馬弓手をやつてゐたさうです」
聞くなり袁紹は非常に怒つて関羽を見下し
「ひかへろ、汝、足軽の分際でありながら、諸侯の前も憚(はゞか)らず、人もなげなる広言。この忙(せわ)しない軍中に〔いけ〕邪魔な狂人めが、——やをれ部下共この見ぐるしい曲者を、眼のまへから追ひ退(の)けろつ」
と大喝して叱つた。
すると、曹操が諫めて
「待ち給へ。味方同士、怒り合つてゐる場合でない。この人物も、かく諸侯列坐のまへで、大言をはくからには、よも徒(いたづ)らの〔たは〕言(ごと)とは思へん。試みに、駆け向はせてみたら如何でせう。もし敗れて逃げ帰つて来たら、その上で罰を正し給へ」
「いや、曹操の仰せも、一理あるが如しとはいへ、足軽者の馬弓手などを出して駆け向はせたら、敵の華雄に笑はれて、よい土産ばなしと、洛陽までも言ひ伝へられようが」
「笑はゞ笑へ。曹操が見るところでは、この男、一馬弓手とはいへ、世の常ならぬ面だましいを備へをる。——はや敵も間近、時遅れては、この本陣も蹂躙されん。是非の軍法は後にて執り行へばよし。——関羽。関羽。この酒を一息のんで、すぐ駆け向へ。はや戦へ」
曹操が、酒を注(つ)いで与へると、関羽は、杯を眺めただけで、再拝しながら
「ありがたい御意ですが、そこにお預かり置き下さい。ひと走り行つて、華雄の首を引ツさげ帰り、お後で頂戴いたしますから」
と、八十二斤と称する大青龍刀を横ざまに擁し、そこにあつた一頭の馬をひきよせ、ぱつと腰を鞍上へ移すや否、漆黒の髯は面から二つに分れて風を起し、忽(たちま)ち戦塵のなかへ姿を没してしまつた。
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次回 → 関羽一杯の酒(六)(2024年2月20日(火)18時配信)