第一回 → 黄巾賊(一)
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それは約五十名ほどの賊の小隊であつた。中に驢に乗つてゐる二、三の賊将が鉄鞭を指して、何か云つてゐたやうに見えたが、軈(やが)て、馬元義の姿を見かけたか、寺のはうへ向つて、一散に近づいてきた。
「やあ、李朱氾。遅かつたぢやないか」
此方(こなた)の馬元義も、石段から伸び上つていふと、
「おう大方、これにゐたか」
と、李と呼ばれた男も、その他の仲間も、続いて驢の鞍から降りながら、
「峠の孔子廟で待つてゐるといふから、あれへ行つた所、姿が見えないので、俺たちこそ、大まごつきだ。遅いどころぢやない」
と、汗を拭き[拭き]、かへつて馬元義に向つて、不平を並べたが、同類の冗談半分とみえて、責められた馬のほうも、げら[げら]笑ふのみだつた。
「ところで、ゆうべの収穫(みいり)は何(ど)うだな。洛陽船を的(あて)に、だいぶ諸方の商人(あきんど)が泊つてゐた筈だが」
「大して云ふ程の収穫もなかつたが、一村焼き払つただけの物はあつた。その財物は皆、荷駄にして、例の通りわれわれの営倉へ送つておいたが」
「近頃は人民共も、金は埋(い)けて隠しておく方法を覚えたり、商人なども、隊伍を組んで、俺たちが襲ふ前に、うまく逃げ散つてしまふので、だんだん以前のやうに巧いわけには行かなくなつたなあ」
「ウム、さういえば、昨夜(ゆうべ)も一人惜(をし)いやつを取逃がしたよ」
「惜い奴?——それは何か高価な財宝でも持つてゐたのか」
「なあに、砂金や宝石ぢやないが、洛陽船から、茶を交易した男があるんだ。知つての通り、盟主張角様には、茶ときては、眼のない好物。これはぜひ掠奪(かすめと)つて、大賢良師へ御献納まうさうと、そいつの泊つた旅籠も目ぼしをつけておき、その近所から焼払つて踏み込んだところ、いつの間にか、逃げ失(う)せてしまつて、遂々(とうとう)見つからない。——こいつあ近頃の失策だつたよ」
賊の李朱氾は、劉備のすぐそばで、それを大声で話してゐるのだつた。
劉備は、驚いた。
そして思はず、懐中(ふところ)に秘してゐた錫の小さい茶壺(チヤコ)をそつと触つてみた。
すると、馬元義は、
「ふーむ」
と、唸(うめ)きながら、改めて後ろにゐる劉青年を振向いてから、更に、李へ向つて、
「それは、幾才(いくつ)ぐらゐな男か」
「さうさな。俺も見たわけでないが、嗅ぎつけた部下のはなしに依ると、まだ若い見窄(みすぼ)らしい風態(フウテイ)の男だが、どこか凛然としてゐるから、油断のならない人間かも知れないといつてゐたが」
「ぢやあ、この男ではないのか」
馬元義は、すぐ傍らにゐる劉備を指さして、云つた。
「え?」
李は、意外な顔したが、馬元義から仔細を聞くと遽(にはか)に怪しみ疑つて、
「そいつかもしれない。——おういつ、丁峰、丁峰」
と、池畔に屯(たむろ)させてある部下の群へ向つて呶鳴(どな)つた。
手下の丁峰は、呼ばれて、屯の中から馳けて来た。李は、黄河で茶を交易した若者は、この男ではないかと、劉の顔を指さして、質問した。
丁は、劉青年を見ると、惑ふ事もなくすぐ答へた。
「あ。この男です。この若い男に違ひありません」
「よし」
李は、さう云つて、丁峰を退けると、馬元義と共に、いきなり劉備の両手を左右から捻(ね)ぢあげた。
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次回 → 白芙蓉(びやくふよう)(二)(2023年9月9日(土)18時配信)