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「いや/\。王必の交りと、自分との交りとは、まつたく意味がちがふ」——と、韋晃は自信を以て、
「試みに、君と僕と、ふたりして金褘を訪問し、彼の心をひいてみるのが一番いゝ」
と、云つた。
「さらば、金褘の志を、試したうへで」
と、二人は早速、その邸(やしき)へ出向いた。家園は郊外に近い閑静なところにあり、主(あるじ)の風雅と、清楚な生活ぶりが窺(うかゞ)はれる。
「これはおめづらしい。せつかくのお越しでも、何もないが、悠(ゆる)りと茶でも煮て語りませう」
「いや御主人。けふは友人の耿紀と一緒に、ちと俗なお頼みで来たので。詩画の談(はなし)はあとにして下さい」
「わしに、お頼みとは?」
「餘の儀でもありませんが、近いうちに、魏王曹操には、いよ/\漢朝の大統をみづからお継ぎにならうとするのではありませんか。——何となく情勢から推してそんな気がするのですが」
「ふむ。……さうかの」
「——と、成れば、屹度(きつと)、尊臺にも、御栄職につかれ、いよ/\官位もお進みになりませう。その折にはぜひ、われら両名にも、何か役儀を仰せつけ下すつて、日頃のよしみに御引立くださるやう。今からお願ひ申しに来たわけです」
ふたりが揃つて頭(かしら)を下げると、金褘はその間(ま)に、黙つて席を立つてしまつた。そして、ちやうどそこへ、召使が茶を運んで来ると、
「こんな客に茶など出さなくてもよい」
と、盆〔ぐるみ〕奪(と)り上げて、庭園へ抛(ハウ)り捨てた。
憤(む)つとした色を見せて、韋晃も立ち上がり、耿紀も席を蹴つた。
「こんな客とは何だつ、こんな客とは!」
「客といふもけがらはしい。疾(と)く帰り給へ。人なりと思へばこそ、客として室に迎へたものゝ、君等は人ですらない」
「怪しからぬ暴言を。——はゝあ読めた。やがて自分の出世も約束されてゐるので、もう高位顕官を気〔どり〕込み、われ/\如き末輩とは同席もならんといふわけか。はてさて日頃の誼(よし)みなどゝいふものは頼りにならんものだ。おい耿紀、こんな所へ引立を頼みに来たのが過(あやま)りだ、帰らう」
すると今度は、主(あるじ)の金褘が、扉(と)の口に立ちふさがつて通さなかつた。
「待てつ、蟲(むし)螻(けら)どもつ」
「蟲螻とは、聞き捨てにならん。汝こそ、常日頃の友達がひも知らぬ犬畜生。居てくれと云つても、もう居てやるものか。そこを退(ど)け」
「たれが、引止めるものか。然し一言云つて聞かせることがある、よく聞け。抑々(そも/\)、汝の如き若輩でも、心の友よと、ひそかにわしがゆるして居たのは、たゞ/\互ひに漢朝の旧臣たり、又、年久しき帝の御悩みやら、朝儀の御式微を相嘆いて、いつかはこの浅ましき世を建て直し、ふたゝび回天の日を仰ぎ見んものといふ志を同じうする者と思へばこそであつた。——然るに何ぞや、いま黙つて聞いてゐれば、魏王がやがて漢朝の代(よ)を奪(と)ることも近いであらうから、そのときには、よい官職に取立てゝくれと?……よくそんな事が漢朝の臣として云へたものだ。……実に聞くだに胸が〔むか〕ついてくる。卿(キヤウ)等(ら)の祖先はいつたい曹操の下僕(しもべ)だつたのか。いやしくも歴代朝門に仕へて来た人々の末裔(すゑ)ではないか。泉下(センカ)の祖先たちは怖(おそ)らく慟哭してゐるだらう。——そしてこの金褘がかく罵ることばを、よく云つてくれたと、せめて慰めてゐるにちがひない。あゝ、云ふだけの事を云つて胸がすうつとした。もう用はない。絶交だ。〔とつと〕と裏口からでも何処からでも出て行くがいゝ」
「…………」
耿紀、韋晃のふたりは、思はず眼を見あはせた。
そして、頷(うなづ)きあふと、
「今のおことばは御本心ですか」
と、左右から摺(す)り寄つた。
金褘は、なほ怒りを醒まさず、
「あたりまへだ。本心でなくてこんな事が云へるか。さあ、文句を云はずに出て行き給へ」
と、身をひらいて、扉(と)口(ぐち)を指さした。
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次回 → 正月十五夜(三)(2026年8月13日(木)18時配信)

