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「——管輅の郷土(さと)に、牛を飼つてゐた女がゐました。或る折、牛を盗まれたので、管輅のところへ泣いて卜(うらなひ)を乞ひに来たさうです。そこで管輅が一(イチ)筮(ゼイ)して云ふには、
——北渓ノ西ヘ行ツテミナサイ。
下手人ガ七人居ル。皮ト肉トハ、
未ダ有ルダラウカラ。
と。——そこで女が行つてみると、果して一軒の茅屋(あばらや)に、七人の男が車座で、牛を煮て喰ひながら酒もりしてゐたさうです。すぐ所の役人へ訴へたので、七人の泥棒は捕まり、皮と肉は、女の手へ戻されたさうです」
「おもしろいものだな。易といふものは、そんなにも中るものかの」
「今申上げた牛飼の女の事が、太守に聞えたので、管輅を召し、山鶏の毛と、印章の嚢(ふくろ)を、べつ/\な筥に秘(かく)して卜(うらな)はせてみたところ、寸分たがはず、中(あて)たと申しまする」
「ふゝむ……」
「それから、趙顔(テウガン)の話は、もつと有名です。或る春の夕べ管輅が道を歩いてゐると、ひとりの美少年が通りかゝりました。管輅は、人を見ると、すぐ人相を観ることが習癖のやうになつてゐるので、思はず口走つたものとみえます。——噫(あゝ)、少年、惜しいかな、三日のうちに死せんと。——それが凡人の言なら、戯れとも聞き流しませうが、評判な卜(うらなひ)の名人の言でしたから、少年は泣き泣き走り帰つて、父親に告げました。父親も蒼(あを)くなつて、何とかして、三日のうちに、死ぬ[こと]のないやうに、禍(わざはひ)をまぬがれる工夫はないものでせうかと、管輅の家へ泣きついて来たのですな」
「それだ」と、曹操は、待つてゐたやうに、
「過ぎ去つた事だの、筥(はこ)の中に秘(かく)してある物を中(あて)たところで、何の世人の益にもならない。未然の禍(わざはひ)を防ぐといふことができるものか否か、わしはさつきから聞きたかつたのだ。で、管輅は何といつた?」
「人命はすなはち天命、人事及び難し。——断つたのです。けれど老父も美少年も泣いてやみません。あはれを覚えて、つひ管輅が教えました。一(ひと)樽(たる)の佳酒と、鹿(しゝ)の脯(じゝ)を携へて、あした南山(ナンザン)を訪へと。そして、南山の大きな樹の下に、碁盤をかこんで、碁を打つてゐる二人があらう。ひとりは北へ向つて坐し、紅衣(コウイ)を着、容姿も美(うる)はしい。又ひとりは、その貌(かたち)、極めて醜いけれど、共に、貴人であるから謹んで近づき、酒をさゝげて、希(ねが)ひを乞ふがよい。たゞし管輅が教えたなどといふ事は、おくびにも出してはいけないぞ。——さう固く戒(いまし)められた上、老父と少年は翌日、酒を携へて、南山へ行きました。幽谷をさまよふこと五、六里、果たして一樹の下に、碁を打つてゐる二仙がゐました。これなりこれなりと思つたので、静に傍に侍り、二人の興に乗じてゐるところへ、酒をすゝめました。二人とも夢中になつて飲み且つ語り、また碁に熱してゐましたが、やがて打ち終つた様子に、老父が初めて、希(ねが)ひの趣を泣いて訴へると、紅衣の仙も、白衣の仙も、急にびツくりして、これはきつと、管輅の仕(し)業(わざ)だらう、困つたものだと、呟いてゐましたが、やがて懷から各々の簿(ふだ)を取出し、——相顧みて——すでに人間の私的な施しをいま受けてしまつたのだからもう仕方がない、この少年は本年で人生を終ることになつてゐるが、十九の上に、九の一字を加へてとらせん。いかにと云ふと一方も、頷(うなづ)き笑つて、九の字を書き加へ、忽ち中天から鶴を呼んで、それに乗つて飛去つてしまつたといふことです。——後に、少年の老父が、管輅に謝して一体あの碁を打つてゐた二人は誰(たれ)ですかと訊ねたところ、管輅が云ふに。……紅き衣を着たひとは南斗、白い衣を着て容貌の醜いはうが北斗だよと云つたさうです。……何しても、その為、十九歳で死ぬところだつた少年が、九十九までは生きることになつたといふので、たいへん人々に羨まれてゐますが、その事あつて以来、管輅は、われ誤つて天機を人界に洩らすの罪大なりと、自らふかく惧(おそ)れつゝしみ、以来、誰(たれ)が何といつても、決して卜筮(ボクゼイ)を取らないことにしてゐるさうです」
——誰(たれ)が何といつても今は観ないと聞くと、曹操は急に、眼を爛(ラン)とかゞやかして、
「呼んで来い。ぜひ、その管輅を魏宮へつれて来い。どこにゐるのか、今は」
「平原の郷里にかくれてゐます」
「おまへが行つてこい。迎への使に」
「かしこまりました」
許芝は、惚惶(コツコウ)と、退出した。
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次回 → 神卜(三)(2026年8月10日(月)18時配信)
なお、日曜日については夕刊が休刊のため、配信はありません。

