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前回はこちら → 柑子(かうじ)と牡丹(ぼたん)(三)(ママ)
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王宮の千客は、みな眼をこすり合つた。眼のせゐか、気のせゐかと、怪しんだのであらう。
ところへ、各人の卓へ、庖人(ハウジン)が魚の鱠(なます)を供へた。左慈は、一(イチ)眄(ベツ)して、
「魏王が一代の御馳走といつてもいゝこの大宴に、名も知れぬ魚の料理とは、貧弱ではないか。大王、なぜ松江(スンコウ)の鱸(すゞき)をお取寄せにならなかつたか」
と、人も無げにいつた。
曹操は、赤面しながら、
「温州の果実はともかく、鱸といつては生きてゐなければ値打がない。何で千里の松江(スンコウ)から活(い)けるまま持つて来られやう」
と、客の百官に言ひ訳した。
「はて、さて、造作もないのに」
「左慈、餘りに、戯れを云つて、客の興をみだすまいぞ」
「いや、ほんとですよ。釣竿をおかしなさい」
左慈は、一(イツ)竿(カン)を持つて、欄の外へ、糸をたれた。玄武湖の水は、満々とそよぎ立ち彼の袖が翻へるたびに、忽ち、大きな鱸(すずき)が何尾も釣りあげられた。
「大王、何尾ほど、御入用ですか。松江(スンコウ)の鱸は」
「左慈、汝の釣つたのは、みな予が池に放しておゐた鱸だ。その鱸ならば、料理番でも釣つてをる」
「噓をおいひなさい。松江の鱸は、かならず腮(えら)が四つあります。そのほかの鱸は二つしかありません。見てごらんなさい」
試みに、客が、鱸の腮(あぎと)を調べてみると、どれもこれも、正しくエラが四枚あつた。
曹操も、客も、愕然たらざるはなかつたが、なほ何かで困らせてくれんものと、
「いにしへから、松江の鱸を鱠(なます)にして賞味するときには、かならず紫芽(シゲ)の薑(はじかみ)をツマに添へるといふ。薑はあるか」
「おやすいこと」
左慈は、左の袂へ手を入れた。そして幾つかみもの薑(はじかみ)を黄金の盆へ盛つてみせた。
「怪しげな?」
と呟きながら、曹操は、近侍の者に、盆をこれへと命じた。近侍が、盆を捧げた。然るに、いつのまにか、薑(はじかみ)は一巻の書物に変つてゐた。
見ると「孟徳新書」といふ題簽(ダイセン)がついてゐる。曹操は、皮肉を感じて、憤(む)ツとしたが、いづれは、打殺さんといふ肚(はら)があるので、さりげなく、
「左慈。これは誰(たれ)の書いた書物か」
と、空とぼけて訊いてみた。
「は、は、は、は。さて誰(たれ)の著物でせうな、どうせ大したものぢやありますまい」
試みに、曹操は手に取つて披(ひら)いてみると、自分の書いたものと一字一句も違はないので、いよいよ心中に、この怪士、生かし措くべからずと誓つた。
左慈は、側へすゝんで来て、
「大王に、不老の千載酒(センザイシユ)をさしあげよう」
と、冠の上の玉を取つて、盃の中ほどに一線を描(か)き、その半分をまづ自分が飲んで、曹操に献じた。
曹操が、その酒を啣(ふく)んでみると、まるで水ツぽくて、飲めたものではない。思はず盃(さかづき)を下に置いて、疳癪(カンシヤク)を破裂させようとした刹那、颯(サツ)と、左慈は手をのばして、盃(さかづき)を奪ひ取り、堂の天井へ向つて抛(ハウ)りあげた。
人々は、あツと、眼をあげた。愕(おどろ)くべし、盃(さかづき)は一羽の白鳩と変じ、羽ばたきして殿中を飛びまはつてゐる。或(あるひ)は、低く降りて、酒をこぼし、花を仆(たほ)し、客の肩に、顔に、戯れまはつて、果(はて)しがない。
あれよ、あれよ、とばかり満座みな怪しみうろたへてゐる間に、左慈のすがたは、いつのまにか消えてゐた。それと気づゐて、曹操が、
「しまつた。宮門を閉ぢろ」
あはたゞしく、近侍から諸門へ布(ふ)令(れ)させると、何事ぞ、
「青い衣を着、藤の花を冠に挿した怪奇な老人は、もう靴を鳴らして、城外の街をうろつゐてゐる由です」
と、外門の将から云つて来た。
「捉へて来い。いかなる犠牲を払つても」
曹操の峻烈な命は、すなはち許褚へ下つた。大袈裟にも、許褚は万一を思つて、親衛軍中の屈強五百騎をひきゐてそれを追ひかけた。
左慈のすがたに追ひついた。
飄乎(ヘウコ)として、彼方へ、跛行(びつこ)をひいてゆくのが見える。——にもかかはらず、いかに悍馬に鞭打つても、少しもその後(うしろ)姿(すがた)に近づくことができなかつた。
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次回 → 藤花の冠(二)(2026年8月6日(木)18時配信)

