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前回はこちら → 柑子と牡丹(一)
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「大王。まあこの柑子を一つ、召上がつてごらんなさい。いま木から䆴(も)いだやうに水々としてゐますから」
曹操は、驚いたが、油断ならずと思つたか、左慈に向つて、
「まづ、毒味をせよ」
と、云つた。
左慈は笑つて、
「柑子の美味を満喫するなら、てまへは一山の柑子の樹の実を、みな喰べなければ納まりません。ねがはくば、酒と肉をいたゞきたいもので。柑子は口直しに後でいただきます」
と、答へた。
酒五斗に、大きな羊を、丸焼きのまゝ銀盤に供へて喰(くら)はせた。左慈は、ぺろりと平げて、まだ物足らない顔してゐた。
「これは凡人でない」
と思つたか、曹操も、やゝ辞を和らげて、御辺は、仙術でも得た者ではないかとたづねた。
左慈は、答へて。
「郷(ガウ)を出てから、西川(セイセン)の嘉陵(カリヨウ)へさまよひ、峨眉(ガビ)山中に入つて、道を学ぶこと三十年。いさゝか雲体風身(ウンタイフウシン)の術を悟り、身を変じ、剣を飛ばし、人の首を獲(と)ることなど今はいと易き迄(まで)なり得ました。ところで、大王の今日を見るに、はや人臣の最高を極め、これ以上の人慾は、人間の地上では望むこともないでせう。——どうぢやな、ここでひとつ、一転して身を官途から退き、この左慈の弟子となつて、ともに峨眉山に入つて、無限に生きる修行をなさらんか」
「……ふむ。それも一理ある言だな。しかし、まだ天下はほんとに治まつてゐないし、朝廷におかれても、この曹操に替つて、扶属(フシヨク)し奉る人が居らぬ。朝野の安危を見とゞけずに、身ひとつ閑地に楽(たのし)むのは、曹操の心にそむくことだ」
「その辺は、御心配ないでせう。劉玄徳は、天子の宗親。彼にまかせれば、大王がをられるよりも、万民は安んじ、朝廷も御安心にならう」
見る/\うちに曹操の顔は激色に焦(や)きたゞれた。老来、これほど露骨に青すぢを立てた[こと]は珍しい。
「よく吐(ほ)ざいた左慈。果して汝は劉玄徳の廻し者であつた事よ」
有無を云はせず、武士たちは左慈を縛めて、獄へ抛(ハウ)りこんだ。数十名の獄卒は、交(かは)る/゛\に左慈を拷問した。酷烈な拷問のたび獄庭に聞えるのは、左慈の笑ひ声だつた。
「この上は眠らせるな」
鉄の枷(かせ)で、首を嵌(は)め、両の足首を鎖(くさり)で縛り、そして牢屋の柱に立(たて)縛(しば)りに立たせておいた。
ところが、すこし時経つと、すぐ快げな高(たか)鼾(いびき)が洩れて来る。怪(あやし)んで覗いてみると、鎖も鉄の枷も、粉々(こな/゛\)に解きすて、左慈は、悠々と身を横にしてゐた。
曹操は、聞いて、
「食水(シヨクスヰ)を与へるな」
と、一切の摂(と)り物を禁じた。しかし七日たつても十日経つても、左慈の血色は衰へるどころか、却(かへ)つて日々元気になつてゆく。
「いつたい、汝は魔か人間か」
つひに、獄から出して、曹操がたづねると、左慈は、呵々(カヽ)と哄笑して、
「一日に千疋の羊を食べても飽くことは知らないし、十年喰はずにゐても飢ゑることは決してない。さういふ人間をつかまへて、大王のしてゐることは、まつたく天に向つて唾(つば)するやうなものですよ」
魏王宮落成の大宴の日が来た。国々の美味、山海の珍味、調はざるなく、参来の武人百官は、雲か虹のごとく、魏王宮の一殿を埋めた。
ときに、高い木履(ボクリ)を穿(は)いて、藤の花を冠に挿した乞食のやうな老人が、場所もあらうに、宴の中へ突忽として立ち、
「やあ、お揃ひだね」
と、馴々(なれ/\)しく諸官を見まはした。
曹操は、けふこそこの曲者を、困らしてやらうと考へ、また客の座興にもしてやらうと、
「こら、招かざる客。汝は、けふの賀に、何を献じたか」
と、云つた。左慈は、直(たゞち)に、
「されば、季節は冬、百味の珍饌(チンセン)あるも、一花の薫色もないのは、淋しくありませんか。左慈は、卓の花を献じようと思ひます」
「花なら牡丹が欲しい。即坐に、そこの大花瓶に、牡丹を咲かせてみよ」
「てまへも、さう思つてゐました」
左慈は、ぷつと、唇から水を噴いた。嬋娟(センケン)たる牡丹の大輪が、とたんに花瓶の口に揺々(ゆら/\)咲いた。
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次回 → 藤花(とうくわ)の冠(一)(2026年8月5日(水)18時配信)

