ターミナルページはこちら(外部サービス「note」にリンク)
前回はこちら → 鵞毛の兵(一)
***************************************
昨夜の雪辱を期してであらう。夜が明けると共に、張遼は一軍を引いて、呉の陣へ驀然(バクゼン)、攻勢に出て来た。
「けふこそは、華々(はな/゛\)と」
呉の綾統(レウトウ)(ママ)も、手に唾してそれを邀(むか)へた。甘寧が昨夜すばらしい奇功を立てゝ、君前のお覚えもめでたい事は、もう耳にしてゐる。で、勃然、
(彼如きに負けてならうか)
といふ日頃の面目も、今日の彼には、充分意中にある。漠々とけむる戦塵の真先に、張遼のすがた、その左右に、李典、楽進など、呉の兵を蹴ちらし/\馳け進んで来た。
綾統(ママ)は、馬上、刀をひつさげて、疾風のやうに斜行し、
「来れるは、張遼か」
と、斬(きり)つけた。
「おれは、楽進だ」
とその者は、槍をひねつて、直(たゞち)に応戦して来た。
人違ひか——と、舌(した)打(うち)したが、もうほかを顧(かへりみ)るいとまもない。楽進を相手に、五十餘合も戦つた。
すると、彼方の張遼のうしろから、曹操の御曹司曹休(ママ)が、鉄弓を張つて、ぶんつと矢を放つた。
綾統(レウトウ)(ママ)を狙つたのだが、すこし外(そ)れて、その馬に中(あた)つた。
「しめたつ」
と楽進は、槍を逆しまにして、地上へ向けた。綾統(レウトウ)(ママ)が勢よく落馬してゐたからである。
ところが、その時又、どこからか一本の矢がへうツと飛んで来た。楽進の真(ま)眉間(みけん)に立つたので、楽進は、槍を投げて、鞍上から〔もんどり〕打つた。
呉の将も倒れ、魏の将も傷つゐたので、両軍同時にわつと混み合つて、互ひに味方を助けて退(ひ)いた。
「又しても、不覚をとりました。残念でなりません」
孫権の前に出て、綾統(レウトウ)(ママ)が面目なげに詫びると、孫権は、
「兵家のつねだ」
と慰めて、
「けふ汝を救つた者は誰(たれ)ぞと思ふか」
と云つた。
綾統(レウトウ)(ママ)は、座の左右を見まはした。甘寧が黙つてひかへてゐる。はつと思ふと、孫権はかさねて、
「楽進の眉間を射たものはそこにゐる甘寧だ。日頃の友誼を更に篤く思ふだらう」
と、云つた。
綾統(ママ)は、涙をたれて、甘寧の前に手をつかへた。以来ふたりは、まつたく旧怨をわすれ、生死の交(まじは)りをむすんだといふ。
次の日、魏の軍は、前日に倍加した勢で、水陸から、呉陣へ迫つた。
「さては曹操も、焦躁(あせり)立つて、総攻撃にかゝつて来たな」
呉陣も、それに応ずる大軍を展列して、濡須に兵船の墻(かき)を作つた。
この日、目ざましかつたのは、徐盛、董襲などの呉軍だつた。その為、魏陣の一角——李典の兵は馳(かけ)くづされ、その儘(まゝ)、曹操の中軍まで、すでに危険に陥るかとすら思はれたが、忽ち、大風(おほかぜ)が吹(ひき)起(おこ)つて、白浪(ハクラウ)天を搏(う)ち、岸辺の砂礫(サレキ)は飛んで面(おもて)を打ち、陽(ひ)もまだ高いうちなのに、天地も晦(くら)くなつてしまつた。
しかも董襲の兵船は、河の中で沈没し、そのほかの兵船も、帆を裂かれ、彼方此方の岸にぶつけられ、さん/゛\な目に遭つたところへ、新手の魏軍が、徐盛の兵を包囲して、その半(なかば)を、殲滅してしまつた。
「あれ、救へ」
と孫権の指揮をうけて、陳歩(ママ)が呉陣から馳出して来ると、魏の一軍が、堤(つゝみ)の蔭から突(つ)と起つて、
「ひとりも餘すな」
と、又々、こゝに小(セウ)鉄環(テツクワン)を作つて、みなごろしを計つた。この手の大将は、漢中から従つて来た魏軍の中では新参の龐徳だつた。
かくて、この荒天の下、呉の旗色は、急に悪くなつて、今は、総敗軍のほかなきに至つたが、若い孫権は、
「何事かあらん」
と、自身、中軍を引いて、濡須の岸へ、殺出して来た。ところがこゝには、張遼、徐晃の二手が、待(まち)かまへてゐた。
***************************************
次回 → 休戦(一)(2026年7月30日(木)18時配信)

