吉川英治『三国志(新聞連載版)』(839)草を刈る(二)
昭和17年(1942)6月19日(金)付掲載(6月18日(木)配達)
ターミナルページはこちら(外部サービス「note」にリンク)
前回はこちら → 草を刈る(一)
***************************************
四面の伏兵は、喊声(カンセイ)をあげながら、まづ敵行軍を両断し、後尾の輜重隊を包囲した。
すると、愕(おどろ)くべし。すでに先刻、中軍にあつて先へ通つて行つたはずの張飛が、その輜重隊から躍り出て、
「厳顔老匹夫、よく来た」
と、大声に云つた。
厳顔は仰天して、馬からころげ落ちさうになつた。
振り向けば、豹頭(ヘウトウ)炬眼(キヨガン)、その虎(とら)髯も張飛にまちがひはない。
「おうつ、出会ふたは、幸ひである。張飛うごくな」
部下のてまへぜひなく彼は、敢然、馬をとばして、張飛の大矛へ、甲体を投げこんで行つた。
「年よりの冷や水」
あざ笑ひながら、張飛は、丈八の矛(ほこ)も用ひず、片手をのばして、厳顔の上帯(うわおび)をつかみよせてしまつた。そして、
「それつ、受取れ」
と、自分の部隊の中へ抛(はふ)り投げた。
さすが、武藝のたしなみ深い老将なので、投げられても、醜く腰は打たなかつた。たゞよふ足を踏み止めて、直(たゞち)に四囲の雑兵と戦つた。けれどいかにせん老齢だ。力尽きて、高手小手に縛りあげられてしまつた。
さきに中軍を率ゐて通つた張飛らしいのは、部下の似てゐる者を偽装させた影武者だつた。その先鋒も、また忽ち、取つて返して来て城兵を蔽(おほ)ひつゝんだ。
「厳顔はすでにわが軍の捕虜(とりこ)となつたぞ。降(くだ)る者はゆるさん。刃向ふものは八ツ裂にして猪(しゝ)狼(おほかみ)の餌にするぞ」
張飛の声を聞くと、城兵は争つて甲(よろひ)や戈(ほこ)を投げ捨て、その大半以上、降人になつた。かうして張飛は、つひに巴城に入つて、郡中を治めた。
法三条を出して、
民ヲ犯スナ
旧城文物ヲ破壊スナ
旧臣土民ヲ愛撫セヨ
と掲げたので、巴城の士民は、
(張飛といふ大将は、聞くと見るとは、大きなちがひだ)
と、みな彼になづいた。
張飛は、厳顔を曳かせて、庁上から彼を見た。
厳顔はひざまづかない。
張飛は、眼をいからして、
「汝、礼を知らぬか」
と、叱咤した。
あざ笑つて、厳顔は、
「われ、敵にする礼を知らず」
と、冷やゝかに嘯(うそぶ)ゐた。
張飛は、階(きざはし)をとび降りた。そして佩剣(ハイケン)に手をかけて、
「老匹夫、囈言(たはごと)をやめろ。今のうちに、降参すると云はぬと、もうその首が前に落ちるぞ」
「さうか。……首よ。わが多年の首よ。おさらばであるぞ。……張飛、猶豫すな、いざ、斬れつ」
みづから頸(うなじ)を伸ばした。
張飛はふいに彼のうしろへ寄つてその縄を解いた。そして手を取つて庁上へ誘(いざな)ひ、みづから膝を折つて再拝した。
「厳顔。あなたは真の武将だ。人の節義を辱しめるはわが節義に恥ぢるさつきからの無礼はゆるしたまへ」
「君。節義を知るか」
「聞かずや厳顔。皇叔と関羽とこの張飛との桃園の誓ひを」
「あゝ、聞いてをる。君ですらかくの如し。関羽や玄徳はどんな立派な人だらう」
「どうか、その人々と、ともに交はつて、蜀の民を安んじてやつて下さい」
「君も味なことをいふ男だ」
厳顔は張飛の恩に感じて、つひに降伏をちかひ、成都に入る計を教へた。
「こゝから雒城までの間だけでも、途中の関門には、大小三十七ケ所の城がある。力業(ちからわざ)で通らうとしたら百万の兵を以て三年かゝつても難いし(ママ)であらう。然し、この厳顔が先に立つて、我すらかくの如し、況(いはん)や汝等をや——と諭してゆけば、風(フウ)をのぞんで帰順するでせう」
事実、彼を先鋒に立てゝ進むほどに、関(せき)は門を開き、城は道を掃いて、血を見ずに通れぬ要害は一ケ所もなかつた。
***************************************
次回 → 金雁橋(きんがんけう)(一)(2026年6月19日(金)18時配信)

