吉川英治『三国志(新聞連載版)』(830)(ママ)短髪壮士(一)
昭和17年(1942)6月10日(水)付掲載(6月9日(火)配達)
ターミナルページはこちら(外部サービス「note」にリンク)
前回はこちら → 魏延と黄忠(四)
***************************************
奪取した二ケ所の陣地に、黄忠と魏延の二軍を入れて、涪水の線を守らせ、玄徳はひとまづ涪城へ回(かへ)つた。
折から又、遠くへ行つた細作(ものみ)が帰つて来て、蜀外の異変を齎(もたら)した。
「呉の孫権が、漢中の張魯へ、謀略の密使をさし向けました。呉は万腔(マンカウ)の同情をもつて、貴国へ対し、兵力軍需の援助を惜(をし)まぬものであると。——煽(おだ)てに乗つて張魯はたちまち力を得、かねての野望を達せんと、漢中軍をもつて葭萌関へ攻(せめ)かゝりました」
玄徳は驚倒せんばかり顔いろを変へた。すぐ龐統をよび、
「もし葭萌関を張魯に扼(ヤク)されてしまつたら、蜀と荊州の聯絡は断たれ、退(ひ)くも進むもできなくなる。誰(たれ)を防ぎにやつたらよからう」
「孟達がよいでせう」
すぐ孟達は呼ばれた。けれど彼はかう献策して、もう一人の大将を求めた。
「もと荊州にゐて、劉表の中郎将だつた霍峻(クワクシユン)といふものが、御陣中に従つてをります。地味な人物で、これ迄(まで)も餘り華やかな軍功はありませんが、この人と共に行くなら、万全を期せられるかと思ひます」
「望みにまかせる」
ゆるされて、霍峻にも同様の命が下(くだ)り、即日ふたりは葭萌関の守備に急いだ。
その出立を励まして、龐統が仮の自邸(やしき)へ帰つて来た日である。居室に落着いてゐると、門衛の者が、あわてゝ、
「変なお客が見えましたが」
と、主人の意を伺ひに来た。
「変な客?……いつたいどんな風采をした男かね」
「身長(みのたけ)七尺もありさうです。をかしいのは、髪を短く切つて、襟の辺(ヘン)に垂らしてゐることで容貌はまづ、雄偉とでも云ひませうか。まあ、壮士でございますよ、ひと口にいへば」
「どれ、どれ」
無造作な主(あるじ)は、づか/\自分で出て行つてみた。
見ると、玄関を上つて、そこの床の上に、仰向けに寝てゐる男がある。浪人生活は自分も長年体験してゐる龐統も、この不作法な壮士には、あきれ顔に、眼をみはつた。
「おい。先生」
「やあ、君が主人か」
「主人かもないもんだ。いつたい足下(ソクカ)は、どこの何者だ」
「汝は客を敬ふことを知らんか。まづ礼を尽せ。その後に天下の大事を語らう」
「おどろいたな」
「何を愕(おどろ)く。龐統ともあらうものが」
「はゝゝゝ。まづ起き給へ」
「まづ酒食の支度をさきにしろ」
「もうできてゐる」
「では通らう。どこだ」
「こちらへ来給へ」
室へ導いて、上座を与へ、酒食をすゝめると、遠慮などはしない。実によく喰(く)ふ。また痛飲する。
だが、天下の大事はなか/\云ひ出さない。そのうちに、飲むだけ飲むと、ごろりと横になつて寝てしまつた。
「ひどい奴もあるものだ」
その不敵さに、舌を巻ゐてゐると、法正が急ぎ足にやつて来た。法正なら蜀の事情にも人物にも通じてゐるにちがひないから、客の飲んでゐるあひだに、使を走らせて、招いたのである。
「やあ、御足労を煩(わづら)はして申しわけない。実は、そこに大酔して眠つてゐる人間だが、いつたいこれは何者ですかな」
法正は、その寝顔をのぞきこむと、手を打つて、
「永年(エイネン)だ。これは、永年といふ愉快な男ですよ」
と、云つた。
その声に眼をさまして、永年はむくむくと起き出した。
そして顔を見合ふと、
「なんだ、法正か」
と、おたがひに又、手をたゝいて笑つた。
龐統は、呆つ気にとられて、
「親友か、おふたりは」
と、たづねた。
「さうです」と、法正は誇るやうに肯定して、且つ紹介した。
「この人は、彭義(ホウギ)、字を永年といひ、蜀中の名士です。ところが、主君劉璋に直言を呈し、餘り強く諫めた為、官職を剝がれた上に、髪を短く切られ、奴(やつこ)の仲間へ落されてしまつたのですよ。あはゝはゝ」
「わはゝゝ」
他人事(ひとごと)みたいに、永年も一緒になつて笑つてゐる。
***************************************
次回 → 短髪壮士(二)(2026年6月10日(水)18時配信)

