吉川英治『三国志(新聞連載版)』(826)酒中別人(二)
昭和17年(1942)6月4日(木)付掲載(6月3日(水)配達)
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「わが君。何を無言に鬱(ふさ)ぎこんでをられますか」
「今、こゝで倶(とも)に酒をのんでゐた高沛、楊懐がもう首になつたかと思ふと、餘り快い気がしない」
「そんなお気の弱いことで、よく今日(けふ)迄(まで)、百戦を経ておいでになりましたな」
「戦場はまたちがふ」
「こゝも戦場です。まだ涪水関は占領してゐません」
「高沛、楊懐が供につれて来た三百の関門兵はどうしたか」
「そつくり捕虜にしてあります。いま一(イチ)網(マウ)にして酒をのませ、肴(さかな)を喰らはせてゐるので、彼等は狂喜してゐる様子で」
「なぜ擒人(とりこ)の兵にそんな馳走するのか」
「黄昏(たそがれ)迄(まで)、歓楽させておきませう。その後、彼等を用ひる一計がありますから」
龐統が小声に何かさゝやくと、玄徳は頷いて、妙案々々と呟いた。
日の暮るゝ迄(まで)、幕舎のまはりでは、歌曲の声が湧き、時々歓声があがり、酒宴は熄(や)まずに続いてゐるやうな態(テイ)であつた。
「星が出た」
一(イツ)吹(スヰ)の角笛(つのぶゑ)と共に、龐統は一軍をあつめて、徐々、涪水関の下へ近づいて行つた。
先頭には、捕虜の関門兵三百を立たせてゐた。この者共はもう完全に寝(ね)反(かへ)つて、龐統の薬籠中のものになつてゐるらしい。頑丈絶壁のやうな鉄門の下に立つてかう呶(ど)鳴(な)つた。
「楊将軍、高将軍のお戻りであるぞ。開門々々」
昼間の出来事は何も知らない関門の蜀兵は、声に応じて、
「おつうつ」
と、鉄扉を十文字(ママ)に開いた。
「すゝめつ」
喊声(カンセイ)をあげながら、怒濤の兵は関門へ突入した。殆(ほとん)ど、衂(ちぬ)らずに、涪水関は占領された。
玄徳は直(たゞち)に、諸軍をわけて、要害の部署につかせ、
「蜀すでにわが掌(て)にあり」
と、三(み)度(たび)の凱歌をあげさせた。
山谷(サンコク)のどよめく中に、庫中の酒は開かれ、将士は祝杯をほしいままにした。
玄徳も昼から酒に親(したし)んでゐたので、夜半から暁にかけて、幕僚の将を会して杯(さかづき)をかさねると、泥のやうに酔つてしまつた。
大きな酒瓶に凭(もた)れて、彼は前後も知らず眠り始めた。ふと、眼をさましてみると、龐統はまだ独り残つて痛飲してゐる。
「まだ、夜は明けぬか」
龐統は笑つて、
「とうに小鳥が囀(さえづ)つてゐますよ。どうです、もう一献」
「いや、夜が明けたら、酒どころではない」
「でも、人生の快味は、かういふ時ではありませんか」
「さうだ。ゆうべは実に愉快だつたな。酒を飲みつゝ一城を奪(と)つたやうなものだ」
「ヘエ、そんなに愉快でしたか」
と、龐統は例の〔ひしげ〕た鼻に皮肉な小皺をよせて、
「——人の国を奪(と)つて、楽(たのし)みとするは、仁者の兵にあらず、あなたらしくもありませんな」
玄徳は酔後の顔を逆さまに撫であげられたやうな気がしたのだらう。むつとして色を作(な)してすぐ云つた。
「昔武王は、紂(チウ)を討つて、初めに歌ひ、後に舞つたといふ。武王の兵は、仁義の兵でなかつたか。ばか者つ退け」
龐統は恐れをなして、匆々(サウ/\)に退出した。玄徳はまだ酔つてゐたとみえる。左右の者に介添されて、漸く後堂の寝所へはいつた。
大睡の後、眼をさまして、衣を着(き)更(か)へてゐると、近侍の者から、
「今朝ほどは、大へんな御剣幕で、さすがの龐統も、胆(きも)をちゞめて引(ひき)退(さ)がりましたよ」
と、酔態を語られて、
「えつ、そんなに彼を叱つたか」
と玄徳は急に、衣を正して、龐統をよんだ。そして辞を低うして、
「先生。今暁の無礼は、酔中の不覚、ゆるしてください」
と、云つた。
龐統は耳の無い人間みたいに黙つてゐたが、玄徳が重ねて詫びると、初めて口を開き、
「君臣ともに、酔中の浮魚(フギヨ)。戯歌水游(ギカスヰユウ)、みな酒中のこと。酒中別人です、酒中別人です。わたくしの皮肉もお気にかけて下さるな」
と、共々、手をたゝいて、朗らかに笑つた。
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