吉川英治『三国志(新聞連載版)』(818)珠(たま)(四)
昭和17年(1942)5月26日(火)付掲載(5月25日(金)配達)
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近づくに従つて、その早舟の群(むれ)からは、鼓の音や喊(とき)の声が聞えた。
「さては、呉の水軍」
超雲(ママ)は愕然、色を失つた。
この上は、幼君を抱(いだ)きまゐらせた儘(まゝ)、水中に身を投ぜんか、斬つて/\斬(きり)死にせんかと、さいごの肚(はら)を極(き)めてゐた。
ところが、水中から声があつて、
「呉の船待てつ。わが君の留守を窺つて、幼君阿斗をいづこへ伴ひ参らすぞ。燕人張飛これにあり、船を止めろつ」
と、龍神が吼えるかと疑はれるばかり聞えた。
「おゝ、張飛か」
呼びかけると、一舟の中から、
「超雲(ママ)そこにゐたか」
と、下からも呼び返しながら、はやその張飛をはじめ、荊州の味方は、忽ち、八方から鈎縄(かぎなは)を飛ばして、呉船のまはりに手(た)繰(ぐ)りついた。
張飛が船上へとび上ると、出合ひ頭に、周善が戈(ほこ)をもつて斬りかけて来た。龍車に向ふ蟷螂(タウラウ)の斧にひとしい。張飛が、
「くわつ」
と云つたとたんに、彼の一(イツ)振(シン)した一丈八尺の蛇矛(ジヤバウ)は、周善の首を遠くへ飛ばしてゐた。
「虫けら共が」
張飛の眼にふれたらさいごその者の命はない。呉の兵は人の跫(あし)音(おと)を聞いた蝗(いなご)のやうに船ぢゆうを逃げまはつた。
「一匹も生かすな」
殺伐するに仮借のない張飛は、歩むところに朱(あけ)をのこしながら胴(ドウ)之(の)間(ま)を濶歩(クワツポ)した。
すると一隅に、侍女たちに囲まれた儘(まゝ)、立ちすくんでゐた玄徳夫人のすがたがあつた。
「…………」
「…………」
夫人は必死な気(キ)位(ぐらゐ)を持つて彼を見下さうとした。
しかし張飛のらんらんと燃える眼は、決して、夫人の眸を避けなかつた。
やがて、彼が云ふ。
「夫人(つま)たる御方は、良人の留守を守るのが道であるのに、いま荊州を去るとは何事か。それが呉の婦道か」
「……家臣たるものが、主にたいして、そのやうなことばを吐いてよいものか。それがそち達の士道か」
「君家を護るは、いふ迄(まで)もなく、士道のひとつ。たとひ主君の夫人であらうと、それがしは敢(あへ)て云ふ。お帰んなさい。帰らなければ、引つ吊るしても、荊州城の奥へ抛(はふ)りこみますぞ」
夫人は白く顫(わなゝ)いた。
「……ゆ、ゆるしておくれ。故なく城を出たのではない。母(はゝ)公の御危篤に前後もなくお枕元へゆくのですから。……もしそち達が、強(た)つてわたくしを荊州へ連れもどるといふならば、長江へ身を投げて、この悲しみからのがれるばかりです」
「なに。入水する?」
これには張飛も脅(おび)やかされた。
「おうい、超雲(ママ)、ちよつと来てくれ」
「なんだ」
「かういふ次第だが、どう処置したらいゝか。もし夫人が入水して死んだら、やはりわれ等は、臣道にそむくだらうか」
「もちろん、かりそめにも、主君の夫人、また皇叔のお嘆きを考へてもむざむざ、夫人の死を見てゐるわけにもゆくまい」
「では、幼君だけ取(とり)回(かへ)して、夫人はこのまゝ呉へやるとするか」
「さうするしかあるまい」
「よし、もう一言、いひ分を云つておかう」
張飛は、夫人の前へ戻つて、
「あなたの良人は、いやしくも大漢(タイカン)の皇叔。故に、われわれは、臣節を尊んで、敢(あへ)てあなたを辱(はづか)しめず、こゝでお別れ申すとする。しかし、御用がおすみになつたら、早々(サウ/\)、ふたゝび良人の国へお立(たち)帰りあれよ」
告げ終ると、
「おい、超雲(ママ)。行かうか」
と、早舟へ跳び移つた。
超雲(ママ)も阿斗を抱いて、一艘のうちへ跳び下りる。
そしてその餘の早舟十数艘を漕ぎ連れて、近くの油江口へ上陸し、馬に乗つて荊州へ帰つた。
「よかつた。——実によかつた。阿斗の君の無事を得たのは、真に二人の働きである」
孔明は、仔細の報告を、そのまま詳しく書簡にしたゝめ、すぐ蜀の葭萌関にある玄徳の許(もと)へ早馬をたてゝ報告しておいた。
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次回 → 日輪(一)(2026年5月26日(火)18時配信)
今回で14冊単行本の巻の九「望蜀の巻」に当たる部分は終了です。次回からは巻の十「三立の巻」に入ります。

