吉川英治『三国志(新聞連載版)』(817)珠(たま)(三)
昭和17年(1942)5月24日(日)付掲載(5月23日(土)配達)
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「おういつツ。待て」
船の影を追ひながら、趙雲は岸に沿つて馬を飛ばした。部下の兵も口々に、
「のがすな。あの船を」
と、十里も駆けた。
一漁村へかゝつた。
趙雲は駒をすてゝ、漁夫の一舟へ飛乗り、
「あの船へ漕ぎ寄せろ」
と、先に廻つてゐた。
呉の船は帆うなりをあげながら下つて来た。趙雲の小舟がそれへ近づかうとすると、船上の周善は、長い戈(ほこ)を持つて、
「射(い)殺(ころ)せ、突(つき)殺せ」
と、必死の下知に声をからした。
舷(ふなべり)に並んだ呉の兵は、弓を引絞り、戟を伸ばして、小舟を寄せつけまいと防ぎながら、その船脚はなほ颯々と大江の水を切つて走つてゆく。
「やはか。通すべき」
趙雲は、槍をなげすてた。
腰なる青虹(セイコウ)(ママ)の剣は、忽ち雨と降る矢を切払ふ。そして小舟のへさきが、敵船の横へ勢よくぶつかつた瞬間に、
「おゝうつ。おのれ」
喚(をめ)きながら、身を以て、舷へ飛びつき、無二無三、攀(よ)ぢのぼつて、つひに船中へ躍りこんで来た。
呉の兵は、彼の形相に怖れて、わつと逃げかくれる。趙雲はあたりを睥睨(ヘイゲイ)しながら、大(おほ)股(また)に船屋形の内へ入つて
「夫人つ、何処へおいでになるのですつ」
と、鏡のやうな眼をいからせて咎(とが)めた。
その声に、夫人のふところに眠つてゐた幼君の阿斗が泣き出した。侍女たちは怖れてみな片隅に打(うち)慄(ふる)へてゐる。しかし、さすがに夫人は気(キ)位(ぐらゐ)が高い。
「無礼でせう趙雲。何ですかその血相は」
「お留守をあづかる孔明にも何のお断りすらなく、城中を出られるのみか、呉船に召されて江を下るなど、あなたこそ劉皇叔のご夫人として、穏かならぬ御行動ではありますまいか」
「呉にゐます母公が、あすも知れぬ御重態との知らせに、軍師へ相談してゐる暇(いとま)もなく、急いで便船に乗つたのです。わが母の危篤に駈けつけるのがなぜいけないか」
「然らば、何故、阿斗の君をおつれ遊ばすか。皇叔にとつても、わが国にとつても、たつたお一方の大事な珠玉。曽(かつ)て当陽の戦には、この趙雲が、命にかけて、長板(チヤウハン)にむらがる敵大軍の中より救ひまゐらせたこともある。——さ、お返しなさい、阿斗の君を」
「おだまりなさい」
夫人は、蘭花(ランクワ)の眦(まなじり)をあげて「そちは唯(たゞ)これ陣中の一武士。劉家の家事に立入るなど僭越(センエツ)であらう」
「いやいや、貴女(あなた)が呉へお還りあるのを止めはいたさぬ。たゞ幼君の御身は、誰(たれ)が何といはうが、国外へ遣(や)るわけには参りませぬ」
「国外とは何事ぞ。呉と荊州とは境(さかひ)こそあれ、此身と皇叔とに依つて契られてゐる間ではないか」
「なんと仰せあらうと、幼君はおあづけできません。お渡しなさい」
「あ。何をしますかつ」
夫人は、悲鳴をあげながら、侍女たちを振向いて、
「この無礼者を、追出して賜(た)も」
と、さけんだ。
だが、趙雲は苦もなく、夫人の膝から、阿斗を取返して、自分の腕に抱へてしまつた。
そして颯(サツ)と、船上を走つて、艫(とも)まで出たが、小舟はすでに流されてゐるし、夫人や侍女は、船中の兵を呼びたてながら悲鳴を浴びせて、すぐ後ろへ迫つてゐる。
かゝる間も、大船(タイセン)の帆はいつぱいな風をうけて風の速さと速力を競つてゐる。
「近づく者は、一刀両断にするぞ。生命(いのち)の要らぬ者は寄つて来い」
青虹(ママ)の剣を片手にふりかぶり、片手に阿斗の身を抱へたまゝ趙雲はそこに立往生してゐた。
弓と槍と戈(ほこ)と、あらゆる武器はみな彼の身一つに向つて、遠(とほ)巻(まき)に取囲んでゐたが、そのすさまじい姿には敢て誰(たれ)ひとり近づく者もなかつた。
すると、いつのまにか近づいてゐた田舎町の河港(カカウ)の口から、十数艘の早舟の群(むれ)が扇なりに展開しながら近づいて来た。
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