吉川英治『三国志(新聞連載版)』(796)敵中作敵(二)
昭和17年(1942)4月29日(水)付掲載(4月28日(火)配達)
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その後、馬超は、腹心の男をして、ひそかに、韓遂の陣門に立たせ、出入を見張させてゐた。
「今夕、又も、曹操の使らしい男が、韓遂の営内へ、書簡を届けて立去りましたが?」
腹心の者から、かう報らせがあつたので、馬超は、
「果して!」
と、自分の猜疑を裏書きされたものゝ如く、夜食も摂(と)らぬまに、ぷいと出て、韓遂の陣門を叩いた。
「何事ですか、おひとりで」
韓遂は、驚いて迎へた。休戦中ではあるし、幾分の寛(くつろ)ぎもあつて、晩餐に向つてゐた所だつた。
「いや、急に戦ひも歇(や)んで、何やら手持ち不沙汰だから、一(イツ)盞(サン)、馳走にならうかと思つて」
「それならば、前以て、お使でも下されば、何ぞ、陣中料理でもしつらへて、盞を洗つてお待ち申してをりましたのに」
「なに、かういふ事は、不意のはうが興味がある。ひとつ貰はうか」
「恐縮です。この儘(まゝ)の杯盤(ハイバン)では」
「いや/\、構はん」
と、一杯(ひとつ)うけて、
「ときに、その後は、曹操から何か云つて来たかね」
「あれきり会ひませんが、たつた今、妙な書簡をよこしたので、飲みながら独りこゝへ置いて、判じ悩んでゐるところです」
と、卓の上に披(ひろ)げてある書面へ眼を落して答へた。
馬超は、初めて、それへ気がついたやうな顔して、
「どれ、……」と、すぐ手を伸ばして取つた。
「何の意味やら、読解がおつきになりますまい。それがしにも解らないのですから」
馬超は返事も忘れてたゞ見入つてゐた。
辞句も不明だし、諸所に、克明な筆で、塗(ぬり)つぶしたり、書入がしてある。いかにも怪しげな書簡だ。馬超は袂(たもと)へ入れて、
「借りて行くぞ」
「どうぞ……」とは答へたものの韓遂は妙な顔をしてゐた。——そんな物を何にする気かと。
すると翌日、使者が来た。馬超からの召出しである。勿論、彼はすぐ出向いたが、馬超はすこし血相を変へてゐた。
「ゆうべ、立ち帰つてから、曹操の書簡を灯(ひ)に透(す)かしてみると、どうも不穏な文字が見える。御身は、まさかこの馬超を、曹操へ売る気ではあるまいな」
「怪(け)しからぬお疑ひ」と、韓遂も、色を作(な)したが、
「それで先頃からの、変な御様子の原因が解けました。言ひ訳もお耳には入りますまい」
「いや、申し開きがあるならば云つてみたがいゝ」
「それよりは、事実をもつて、君に対する信を明かにします。明日、それがしが、わざと曹操の城寨(ジヤウサイ)を訪ね、過日のやうに、陣外で曹操と談笑に時を過しますから、あなたは附近に隠れて、不意に、曹操を討ち止めて下さい。曹操の首を挙げれば、それがしのお疑ひなど、自ら釈然と氷解して下さるでせう」
「御身はきつと、それを為(し)てみせるか」
「御念には及びません」
即ち、韓遂は翌る日、幕下の李湛、馬玩、楊秋、侯選などを連れて、ぶらりと、曹操の城寨を訪ねた。
曹操は先頃から、例の氷城にもどつてゐる。取次のことばを聞くと
「曹仁。代りに出ろ」
と、居合わせた曹仁の耳へ、何か囁(さゝや)いた。
曹仁は、衆将を従へて、恭しく陣門を出て来ると、馬上のまゝ韓遂の側へ寄り添つて、
「いや、昨夜は、お手紙を有難う。丞相もたいへん欣(よろこ)んでをられる。然(しか)し、事前に発覚しては一大事、ずゐぶん御油断なく、馬超の眼に御注意を」
云ひすてると、颯(サツ)と立去つて、何云ふまもなく、陣門を閉めてしまつた。
物陰にゐた馬超は激怒して、韓遂が帰るや否、彼を成敗すると猛(たけ)つたが、旗本たちに抱き止められて、悶々と一時剣を収めた。
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次回 → 敵中作敵(三)(2026年4月30日(木)18時配信)
4月29日が天長節(天皇誕生日)で祝日であったことに伴い、昭和17年(1942)4月30日(木)付の夕刊(4月29日配達)は休刊でした。このため、明日4月29日(水)の配信もありません。

