吉川英治『三国志(新聞連載版)』(795)敵中作敵(一)
昭和17年(1942)4月28日(火)付掲載(4月27日(月)配達)
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韓遂の幕舎へ、ふいに、曹操の使が見えた。
「はて。何か?」
使ひの齎(もたら)した書面を披(ひら)いてみると曹操の直筆(ヂキヒツ)にちがひなく、かう認(したゝ)めてある。
君ト予トハ元ヨリ仇(あだ)デハナク、
君ノ厳父ハ、予ノ先輩デアリ、長ジテ
ハ、君ト知ツテ、史ヲ語リ、兵ヲ談ジ、
天下ノ為、大イニ成スアランコトヲ、
誓ヒイアツタ友ダツタ。
端(はし)ナクモ、過ル頃ヨリ敵味方
トワカレ、矢石(シセキ)ノアヒダニ
別ルヽモ、旧情ハ一日トテ、忘レタコ
トハナイ。
イマ幸ニ、和議成ツテ、予ナホ数日、
渭水ノ陣ニアリ。乞フ、一日、旧友
韓遂トシテ来リ給ヘ。
「あゝ、彼も、忘れずにゐるか」
韓遂は、旧情をうごかされて、翌日、甲(よろい)も着ず、武者も連れず、ぶらりと、曹操を訪れた。
「やあ、ようこそ」
曹操はなぜか、内へ導かない。自分の方から陣外へ出て来て、いとも親しげに、平常の疎遠を詫びた。
そして猶(なほ)、云ふには、
「お忘れではあるまい。あなたの厳父とは、共に孝廉(カウレン)に挙げられ、少壮の頃には、いろいろお世話になつたものだ。後、あなたも都の大学を出、共に官途へ進んでからは、いつともなく疎遠に過ぎたが、今は、お幾歳(いくつ)になられるか」
「それがしも、すでに四十です」
「むかし、都にあつて、共に、青春の少年であつた時代は、よく書を論じ、家を出ては、白馬(ハクバ)金鞍(キンアン)、花を尋ねて遊んだこともあつたが、そのあなたも、早、中老になられたか」
「丞相も、変りましたな。少し鬢(ひげ)にお白いものが見える」
「はゝゝ。いつか、ふたゝび太平の時を得て、むかしの童心に返らうではないか。——おう今日は、折角、此方から書面しながら失礼ですが、幕中、折わるく諸将を会して要談中なので」
「いや、また会ひませう」
韓遂は、気軽に戻つた。
この態(テイ)を、見てゐたものが、すぐ馬超へ、有(あり)の儘(まゝ)に話した。
安からぬ顔色をしてゐたが、翌る日、馬超はほかの用事にことよせて、韓遂を呼び、
「時に、貴公は昨日、渭水(いすい)のほとりで、曹操と、何か親しげに、密談をしてをられた由だが……」
「密談を」——韓遂は、眼をまろくしながら、顔の前で手を振つた。
「青空の下の立話。密談などした覚えはない。また軍事に就(つい)ては、爪の垢ほども、語りはしません」
「いや、貴公が云ひ出さなくとも、曹操の方から何か」
「少年時代、共に都にあつた事どもを、二三話して別れたゞけです」
「さうか。そんなに古くから、彼とは、親しい仲であられたのか」
馬超は、嫉(ねた)ましげな眸をした。が、韓遂は、まつたく、何の後ろ暗いこともないので、笑ひ話をして帰つた。
ひそやかな、陣中の一房へ、曹操はその晩、賈詡を呼びよせてゐた。
「どう見えた。けふの計は」
「妙趣、御奇想天外です」
「西涼兵の眼に、映つたらうな」
「もちろん、もう馬超の耳へ入つてをりませう。が、もう一つ足りません。あれでは、まだ韓遂を、心から疑はせる迄(まで)には行きますまい」
「それには、どうしたらよいか」
「丞相からもう一度、親書を韓遂にあてゝお書きなさい」
「さうさう、用もないのに、書簡をやるのもをかしからう」
「かまひません。文章を以て、対手を動かすのが目的ではありませんから。——文字などもわざと朧(おぼろ)に認(したゝ)め、肝要らしい所は、思はせ振(ぶり)に、朱筆で塗(ぬり)つぶし、また削り改めたりなどして、一見、怖しく複雑で重要さうに見えさへすればよろしいのです」
「むづかしい喃(なう)」
「兵馬を費(つか)ふことを考へれば、その位な労は、何程でもありますまい。必定、受取つた韓遂も、一体、何だらうと、愕(おどろ)き怪しんで、屹度(きつと)それを、馬超の所へ見せに行くに違ひありません。こゝまで来れば、はや計略は、成就したも同じことです」
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