吉川英治『三国志(新聞連載版)』(778)酔県令(すゐけんれい)(二)
昭和17年(1942)4月7日(火)付掲載(4月6日(月)配達)
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「貴様か。県令の龐統とは」
「ふん。わしだよ」
「何だ。その態は」
「まあ、掛けたまへ。耳の穴へ蜂が這(は)入(い)つたやうぢやないか。君か、張飛とかいふ男は」
龐統は驚かない。
自分の眼光に会つてこんなに驚かない男を張飛は餘り知らない。
「一杯、参らんか」
「酒どころではない、おれは家兄(このかみ)玄徳の命をうけて、吏道を正しに来たものだ。赴任以来、汝は殆(ほとん)ど官務を見てゐないといふぢやないか」
「ぼつ/\やらうと思つてゐる」
「怪しからん怠慢だ。公事訴訟も山ほどつかへてゐるといふに」
「やる日になれば造作はない。政事(まつりごと)は事務ではないよ。簡単なるほどよろしいのだ。民の善性を昂(たか)め、邪性を圧(おさ)へる。圧へるではまだまづい。殆(ほとん)ど、邪悪の性を忘れしめる。どうぢや、それでよろしいのぢやらう」
「口は達者らしいな」
「飲(い)ける方だ」
「酒の事ではないツ」と、張飛は虎が伸びするやうに身を起して呶(ど)鳴(な)つた。
「では、明日中に、その実をおれの眼に見せろ。その上で汝の広言に耳をかさう。然(しか)らずんば、引つ縛つて、汝を白洲にすゑるぞ」
「よろしい」
龐統は手酌で飲んでゐた。
張飛と孫乾(ソンカン)は、わざと民家に泊つた。そして翌日、庁へ行つてみると、訴訟役所から往来まで行列がつゞいてゐる。
「何事だ、いつたい?」
訊いてみると、けふは未明の頃から、県令龐統が急に裁判を白洲に聴いて、いち/\決裁を与へてゐるのだといふ。
田地の争ひ、商品の取引違ひ、喧嘩、家族騒動、盗難、人事、雑多な問題を、龐統は二つの耳で訊くとすぐ、
「かうゐいたせ」「かう仲直り」「それは甲が悪い、笞(むち)を打つて放せ」「これでは乙が不愍(フビン)である、丙はいくら/\の損害をやれ」——などと、その裁決は水のながれるやうで、山と積まれた訴訟も夕方までには一件も餘さず片づけてしまつた。その上で
「いかゞです。張飛先生」
龐統は笑つて晩餐を共にとすすめた。
張飛は、床に伏して、
「まだ曽(か)つて、大兄の如き名吏を見たことがない」
と、先の言を深く謝した。
龐統は、張飛が帰るとき、一書を出して、
「主君に渡してくれ」
と頼んだ。
魯粛から貰つてゐた紹介状である。玄徳は、報告を聞き、またその書簡を見て、非常にびつくりした。
「あゝ、あやふく大賢人を失ふところだつた。人は、風貌ばかりでは分らない……」
そこへ四郡の巡視を終つて孔明が帰つて来た。噂を聞いてゐたとみえ、
「龐統は恙(つゝが)なく居りますか」
玄徳は間の悪い顔をしながら、実は来陽県(ママ)の知事にやつてあるといふと、孔明は、
「あのやうな大器を、そんな地方の小県になどやつておゐたら、閑(ひま)に飽いて酒ばかり飲んでをりませう」
と、云つた。
「いや、その通りである」
と、玄徳が実状を告げると、孔明は、
「わたくしからも君へ推挙の一筆を渡してあるのに、それは出しませんでしたか」
「見せもせぬし、語りもしなかつた」
「とにかく、県令には誰(たれ)か代りをやつて、早くお呼び戻しになるがよいでせう」
やがて、龐統は、荊州へ帰つて来た。
玄徳は、不明を謝し、なほ、孔明と龐統のふたりに、酒を賜はつて、心からかう云つた。
「——むかし司馬徽水鏡先生が、もし伏龍鳳雛ふたりのうち一人でも味方にすることができたら、天下の事も成らうと予に云はれたことがある。……こんな不明な玄徳に、その二人(ふたり)迄(まで)が、俱(とも)に自分を扶(たす)けてくれようとは、あゝ思へば玄徳は果報すぎる。慎まねばならん。慎まねばならん」
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