吉川英治『三国志(新聞連載版)』(755)鴛鴦陣(えんあうぢん)(三)
昭和17年(1942)3月8日(日)付掲載(3月7日(土)配達)
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玄徳の態度は実に堂々としてゐた。温和にして諂(へつら)はず、威にして猛からず、儀(ギ)表俗(ヘウゾク)を出て、清風の流るゝごとく、甘露寺の方丈へ通つた。
「さすがは」
と、一見して、呉侯孫権も、畏敬の念を、禁じ得なかつた。
争へないものは、人間と人間との接触による相互の感情である。ひと目見て、孫権以上、彼に傾倒したのは母公であつた。
その喜悦のいろを窺ふと、喬国老は、母公へさゝやいた。
「どうです。人物でせう。こんなよい婿が求めたつてありませうか」
母公はたゞもうほく/\慶(よろこ)びぬいてゐる。孫権はわれとわが心を圧(お)しつぶして、玄徳に対して起る尊敬や畏れを強(し)ひて戒めてゐた。
「さあ、寛ぎませう。婿君よ、威儀(ヰギ)厳(いか)めしいものゝ、内輪ばかりぢや。心おきなく杯(さかづき)をあげられい。喬老、そなたも、佳賓におすすめ申しあげて賜(た)も」
母公の御機嫌は一通りでない。きのふの彼女とは人がちがふやうだつた。やがて大宴となる。呉海呉山の珍味は玉碗銀盤に盛られ、南国の芳醇は紅酒(コウシユ)、青酒(セイシユ)、瑪瑙酒(メナウシユ)など七つの杯(さかづき)に七種(なゝいろ)注(つ)がれた。
喨々たる奏楽は満堂の酔をして更に色に誘つた。母公はふと、玄徳のうしろに屹立してゐる武将に眼をそゝいで、
「誰(たれ)か」
と、たづねた。
玄徳が、これはわが家臣、常山の趙子龍と答へると、母公はまた
「では、当陽の戦ひに、長坂で和子(わこ)の阿斗を救つたといふあの名誉の武将か」
と、云つた。
「さうです」
と頷(うなづ)くと、母公は、彼に酒を賜へとすゝめた。趙雲は拝謝して杯(さかづき)をいたゞきながら、玄徳の耳へ、そつと囁いた。
「御油断はなりませんぞ。廻廊の陰に、大勢の伏兵が隠れてゐる気配です」
「……」
玄徳は暫(しば)し素知らぬ顔をしてゐたが、母公の機嫌のいよ/\麗はしい頃を見て、急に杯(さかづき)を措いて、憂ひ沈んだ。
母公は怪しんで、理(わけ)を訊くと、玄徳は、鳳眼(ホウガン)にかなしみを湛(たゝ)へて
「もし私の生命をちゞめんと思し召すなら、どうか明(あか)らさまに剣をお与へ下さい。廻廊の外や、縁の下には、犇々(ひし/\)と、殺気をもつた兵(つはもの)が隠れてゐるやうで、恐ろしくて杯(さかづき)も手に触れられません」
と、小声で訴へた。
母公は、愕然として、
「呉侯。あなたですか。そんな企(たくら)みをいひつけたのは」
と、孫権を顧みて、忽ち〔けん〕もほろゝに叱つた。
孫権は、狼狽して、
「いや、知りません。呂範でせう」
「呂範をこれへお呼び」
「はい」
然し、呂範も、強情を張つて知らないで通した。そして、
「賈華(カクワ)かもしれません」
と、云ひのがれた。
賈華は、母公の前に立たせられた。彼は、知らないと云はなかつたが、又、自分の所為であるとも云はなかつた。たゞ黙然と首を垂れてゐた。母公の怒りは極度に昂(たか)ぶつて、
「喬老。武士たちに命じて、賈華を斬りすてゝおしまひなさい。わが佳婿(むこ)〔がね〕の見ていらつしやる前で」
と、罵つた。
玄徳はあわてゝ命乞ひをした。こゝに血を見ては慶事の不吉と止めた。孫権は直(たゞち)に賈華を追ひ出した。喬国老は廻廊の外や縁の下の者共を叱りとばした。鼠のやうに頭をかゝへてそこから大勢の兵が逃げ散つて行つた。
かくて酒宴は夜に及び、玄徳は大酔して外へ出た。ふと庭前を見ると、そこに巨(おほ)きな岩がある。玄徳はじつと見てゐたが、何思つたか、天に祈念を凝(こら)し、剣を抜いて振りかぶつた。
「……?」
孫権は木蔭から見てゐた。
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なお、日曜日については夕刊が休刊のため、配信はありません。

