吉川英治『三国志(新聞連載版)』(736)白羽扇(びやくうせん)(三)
昭和17年(1942)2月14日(土)付掲載(2月13日(金)配達)
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邢道栄は、馬を下りた。馬を下りることは、降参を意味する。
趙雲はすぐ彼を縛りあげて、本陣へ引つ立てた。
玄徳は、ひと目見て、
「斬れ」
と、云つたが、孔明はそれを止めて、邢道栄にかう告げた。
「どうだ、汝の手で、劉延を生捕つてくれば、助命は勿論、重く用ひてつかはすが」
「いと易いこと。この縄目を解いて、それがしを放ち帰して下さるならば——」
「しかし、どういふ方法で、劉延を生捕るか」
「夜を待つて、こよひ劉延の陣へ攻め入り給へ。それがし内より内応して、かならず劉延を擒人(とりこ)としてみせます。劉延が捕はれゝば、その父なる太守劉度も、御陣門に降(くだ)つて来るに極(きま)つてをる」
傍らで玄徳は聞いてゐたが、彼の口吻(くちうら)の軽々しいのを察して、
「詐言(サゲン)はおのづから色にあらはれる。軍師、こんな者を用ひるのは無用である。早く首を刎(は)ねられよ」
と、重ねて云つた。
孔明はなほ、そのことばに反(そむ)いて、顔を横に振りながら、
「いや/\、私が観るに、邢道栄の言に噓はないやうです。人物にも観どころがある。有能は之(これ)を惜しみ、努めて是(これ)を生かすことが、真の大将たるものゝ任です。よろしく彼の計にしたがひ、今夜の事を決行しませう」
即座に、その縄を解いて、彼は邢道栄を放してやつた。
命びろひをして、邢道栄は味方の陣へ逃げ帰り、すぐ劉延の前へ出て、
「今夜が決戦の分れ目に相成らう」
と、仔細を告げた。
「すは、油断ならじ」
と、劉延は、防ぎにかゝつた。しかし昼間の合戦で、玄徳軍の当るべからざる手並を見てゐるので、正防法によらず、奇防策を採つた。
陣中の柵内には、旗ばかり立てて、兵はみなほかに埋伏してゐた。そして夜も二更の頃になると、果して、一団の軍勢が、手に手に炬火(たいまつ)をもち、喊声(カンセイ)をあげ、近づくやいな陣屋陣門などへ火を放(つ)けた。
「来たぞ。引つ包め」
劉延、邢道栄の兵は、あらぬ方角から、二手に分れて殺到し、押(おし)包んでこれを殲滅にかゝつた。
寄手の兵は、隊を崩して、どつと逃げ退(の)く。
勝に乗つて、劉延、邢道栄は、それを追ひ捲(まく)し、追ひ捲(まく)して、十里の餘も駈けた。
——だが、案外、逃げた兵数は薄いのに気がついた。いくら追つても、それだけの兵で、後続も側面もなく、いはゆる軍の厚みがない。
「深入りすな」
劉延は、邢道栄を呼びとめた。そして、
「陣屋の火も消さねばならん。これだけ勝てば、まづ充分。この辺で引揚げよう」
と、取つて返した。
その帰り途である。
「道栄々々。どこをまごついてゐるのだ。張飛ならこれに居るぞ」
と、道の傍らから殺出(サツシユツ)して来た人影がある。それへつゞく一隊は、逃げた敵とは全然士気を異(こと)にして、破竹のごとく、劉延、邢道栄の軍を中断して、不意をついた。
「や、や。さては敵にも、何か計があつたか」
あわてふためいて、彼らは自陣へ逃げ込まうとした。——すると、その火はもうあらかた消されてゐたが、その餘燼(ヨジン)の内から、
「趙雲子龍。これにて、汝等の帰るを待てり」
と、思はぬ一軍が、自分たちの陣中から現れたのみか、狼狽して逃げ戻らうとした邢道栄は、つひにこゝで趙雲子龍の槍にかけられ、無残な死をとげてしまつた。
劉延も、生捕られた。
夜の白々明けには、孔明の四輪車の前に、劉延の父劉度もまた、降伏を誓ひに出てゐた。
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次回 → 白羽扇(四)(2026年2月14日(土)18時配信)
今回で14冊単行本の巻の八「赤壁の巻」に当たる部分は終了です。次回からは巻の九「望蜀の巻」に入ります。

