吉川英治『三国志(新聞連載版)』(713)赤壁の大襲撃(一)
昭和17年(1942)1月17日(土)付掲載(1月16日(金)配達)
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時すでに初更に近かつた。
蔡和の首を供へて水神火神に禱(いの)り、血をそゝいで軍旗を祭つた後、周瑜は、
「それ、征(ゆ)け」
と、最後の水軍に出航を下知した。
このときもう先発の第一船隊、第二船隊、第三船隊などは、舳艫(ヂクロ)をそろへて、江上へすゝんでゐた。
黄蓋の乗つた旗艦には、特に「黄」の字を印した大旗をひるがへし、その餘の大船小艇にも、すべて青龍の牙旗を立てさせてゐた。
宵深まるにつれて、烈風は小(こ)凪(なぎ)になつたが、東南(たつみ)の風向きに変化はない。そして依然、大波(おほなみ)天にみなぎり、乱雲のあひだから仄(ほの)かな月光さへ映(さ)して、一瞬は晃々と冴え、一瞬は青白い晦瞑(カイメイ)となり、悽愴の気、刻々と盈(みち)てゐた。
三江の水天、夜愈々(いよ/\)深く
万条の銀蛇(ギンダ)、躍るが如し
戦鼓(センコ)鳴(メイ)を止(や)めて、舷々歌ふ
幾万の夢魂、水寨にむすぶ
魏の北岸の陣中で、誰(たれ)か吟詠してゐる者があつた。旗艦に坐乗してゐた曹操はふと耳にとめて、
「誰(たれ)だ、歌つてゐるのは」
と側(かたは)らの程昱にたづねた。
「艦尾に番してゐる哨兵です。丞相が詩人でいらつしやるので、自ら部下の端にいたる迄(まで)、詩情を抱くものとみえます」
「はゝゝ。詩はまづいが、その心根はやさしい。その哨兵をこれへ呼んで来い。一杯の酒を褒美にくれてやらう」
旗下の一人が、すぐ席を起(た)つて、艦尾へ走りかけたが、それと殆(ほとん)ど同時に、
「——やつ?船が見える。たくさんな船隊が、南の方から遡(のぼ)つて来る!」
と、檣楼(セウロウ)(ママ)の上から呶(ど)鳴(な)つた。
「なに、船隊が見える?」
と、諸大将、旗本たちは、総立ちとなつて、船櫓(ふなやぐら)へ登るもあり、舳(みよし)へ向つて駈け出して行くものもあつた。
——見れば、荒天の下、怒濤の中を続々と連なつて来る船の帆が望まれる。月光はそれを照らして、鮮(あざや)かにするかと思へば、又忽ち、雲は月を蔽(おほ)ふと、黒白(あやめ)もつかぬ闇としてしまふ。
「旗は見えんか。——青龍の牙旗を立てゝはゐないか」
下からいふ曹操の声だつた。
船楼の上から、諸大将が、口をそろへて答へた。
「見えます、龍舌旗(リウゼツキ)が」
「すべての船の帆(ほ)檣(ばしら)に!」
「青旗のやうですつ。——青龍の牙旗。まちがひはありません」
曹操は、喜色満面に、
「さうかつ。よしつ」
と、うなづいて、自身、舳(みよし)の方へ向つて、希望的な大歩(タイホ)を移しかけた。
すると又、そこにゐた番の大将が、
「遠く、後方から来る一船団のうちの大船には、『黄』の字を印した大旗が翩翻(ヘンポン)と立てゝあるやうに見えまする」
と、告げた。
曹操は、膝を打つて、
「それ/\。それこそ、黄蓋の乗つてゐる親船だ。彼、果して約束をたがへず、今これへ味方に来るは、正しく、わが魏軍を天が助けるしるしである」
と、云ひ、更に自分の周囲へむらがつて来た幕僚の諸将に向つて、
「よろこべ一同。すでに呉は敗れたり。わが掌(て)は、もはや呉を握り奪つたも同様であるぞ」
と、語つた。
東南風(たつみかぜ)をうけて来るので、彼方の幾(いく)船隊が近づいて来る速度は驚くほど迅(はや)かつた。すでに団々たる艨艟(モウドウ)は眼のまへにあつた。——と、ふいに異様な声を出したのは程昱で、
「や、や?……いぶかしいぞ。油断はならん」
と、味方の人々を戒めた。
曹操は、聞き咎めて、むしろ不快さうに、
「程昱。何がいぶかしいと云ふのか?」
と、その姿を振向いた。
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