吉川英治『三国志(新聞連載版)』(703)孔明・風を祈る(一)
昭和17年(1942)1月6日(火)付掲載(1月5日(月)配達)
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よほど打ち所が悪かつたとみえる。周瑜は営中の一房に安臥しても、昏々と呻き苦しんでゐる。
軍医、典薬が駈けつけて、極力、看護にあたる一方、急使は、呉の主孫権の方へこの旨を報らせに飛ぶ。
「奇禍に遭つて、都督の病は重態に陥つた」
と聞え、全軍の士気は、落莫と沮喪してしまつた。
魯粛はひどく心配した。呉魏決戦の火ぶたはすでに開かれてゐる折も折だ。早速、孔明の住んでゐる船へ出かけ、
「はや、お聞き及びでせうが、どうしたものでせうか」
と、善後策を相談した。
孔明は、さして苦にする容子もなく、却(かへ)つて彼に反問した。
「貴兄はこの出来事に就(つ)いてどう考へてをられるか」
「どうもかうもありません。この椿事(チンジ)は、曹操には福音であり、呉にとつては致命的な禍と云へるでせう」
「致命的?……さう悲観するには当りません。周都督の病たりとも、即時に癒えればよいのでせう」
「もとよりそんなふうに早く御全快あれば、国家の大幸といふものですが」
「いざ、来給へ。——これから二人してお見舞してみよう」
孔明は先に立つた。
船を下り、驢に乗つて、二人は周瑜の陣営奥ふかく訪ねた。病室へ入つて見ると、周瑜はなほ衣衾(イキン)にふかくつゝまれて横臥呻吟してゐる。——孔明は、彼の枕辺(まくらべ)へ寄つて、小声に見舞つた。
「いかゞですか、御気分は」
すると周瑜は、瞼(まぶた)をひらいて、渇いた口から漸く答へた。
「オヽ、亮先生か……」
「都督。しつかりして下さい」
「いかんせん、身をうごかすと、頭は昏乱し、薬を摂(と)れば、嘔気(はきけ)がつきあげてくるし……」
「何が御不安なのです。わたくしの見るところでは、貴体に何の異状も見られませんが」
「不安。……不安などは、何もない」
「然らば、即時に、起(た)てるわけです。起つてごらんなさい」
「いや、枕から頭を上げても、すぐ眼まひがする」
「それが心病といふものです。ただ心理です。ごらんなさい天体を。日々曇り日々晴れ、朝夕不測の風雲をくりかへしてゐるではありませんか。しかも風(かぜ)暴(あ)るゝといへ、天体そのものが病み煩(わづら)つてゐるわけではない。現象です、気晴るるときは忽ち真を現はすでせう」
「……ウムヽ」
病人は呻きながら襟を嚙み、眼をふさいでゐた。孔明はわざと打笑つて、
「こゝろ平(たひら)に、気順なるときは、一呼一吸のうちに、病雲は貴体を去つてゆきませう。それ、更に病の根を抜かうとするには、やゝ涼剤を用ひる必要もありますが」
「良き涼剤がありますか」
「あります。一ぷく用ひれば、ただちに気を順にし、忽ち快適を得ませう」
「——先生」
病人は、起(た)ち直つた。
「ねがはくば、周瑜のため、いや国家のために、良方を投じたまはれ」
「む、承知しました。……しかしこの秘方は人に漏れては効きません。左右のお人を払つて下さい」
すなはち、侍臣をみな退け、魯粛をのぞくほか、房中無人となると、孔明は紙筆を把(と)つて、それへ、
欲破曹公宜用火攻(そうこうをやぶらんとほつすればよろしくひぜめをもちふべし)
万事倶備只吹東風(ばんじともにそなふたゞとうふうのふくを)
かう十六字を書いて、周瑜に示した。
「都督。——これがあなたの病の根源でありませう」
周瑜は、愕然としたやうに、孔明の顔を見てゐたが、やがて莞爾(につこ)と笑つて、
「畏れ入つた。神通の御眼力。……あゝ、先生には何事も隠し立てはできない」
と、云つた。
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次回 → 孔明・風を祈る(二)(2026年1月6日(火)18時配信)

