吉川英治『三国志(新聞連載版)』(692)鳳雛・巣を出(い)づ(二)
昭和16年(1941)12月19日(金)付掲載(12月18日(木)配達)
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それを機(しほ)に、龐統は暇(いとま)をつげて帰つた。
周瑜は、それを送つて、ふたゝび営中にもどると、天地を拝礼して、喜びながら、
「われにわが大事を成さしむるものは、いまはれを訪(と)ふ者である」
と、云つた。
やがて、蔣幹は、案内されて、こゝへ通つて来た。——この前のときと違つて、出迎へもしてくれず、周瑜は、上座についた儘(まゝ)、傲然と自分を睥睨(ヘイゲイ)してゐる様子に、内心、気味わるく思ひながらも、
「やあ、いつぞやは……」
と、さりげなく、親友ぶりを寄せて行つた。
すると周瑜は、きつと、眼に〔かど〕立てゝ、
「蔣幹。また貴公は、おれを騙(だま)さうと思つて来たな」
「えつ……騙さうとして?……あはゝゝ、冗談ぢやない。旧交の深い君に対して、なんで僕がそんな悪辣なことをやるもんか。……それ所ではない。吾輩は、実は先日の好誼にむくいるため、ふたゝび来て、君のために一大事を教へたいと思つてをるのに」
「やめたがいゝ」
周瑜は嚙んで吐き出すやうに、
「——汝の肚の底は、見えすいてゐる。この周瑜に、降参をすゝめる気だらう」
「どうして君としたことが、今日はそんなに怒りツぽいのだ。激気大事を誤る。——まあ、昔がたりでもしながら、親しくまた一献酌み交(かは)さう。そのうへで〔とつくり〕話したいこともある」
「厚顔なる哉。これほど云つてをるのにまだ分らんか。——汝、いかほど、辯をふるひ、智を弄ぶとも、なんでこの周瑜を変心させることができよう。海に潮(うしほ)が枯れ、山に石が爛(たゞ)れきる日が来(きた)らうとも断じて、曹操如きに降(くだ)る此(この)方(ハウ)ではない。——先頃はつい、旧交の情にほだされ、思はず酒宴に心を寛(ゆる)うして、同じ寝床で夢を共にしたりなどしたが、不覚や、あとになつて見れば、予の寝房から軍の機密が失はれてゐる。大事な書簡をぬすんで貴様は逃げ出したであらうが」
「なに、軍機の書簡を——冗談ぢやない、戯れもほどほどにしてくれ。何でそんなものを吾輩が」
「やかましいつ」
と、大喝をかぶせて、
「——その為、折角、呉に内通してゐた張允、蔡瑁のふたりを、まだ内応の計を起さぬうちに、曹操の手で成敗されてしまつた。明(あきら)かに、それは汝が曹操へ密報した結果にちがひない。——それさへあるに、又(また)候(ぞろ)、のめ/\とこれへ来たのは、近頃、魏を脱陣して、この周瑜の麾下へ投降して来てをる蔡和、蔡仲に対して、何か策(て)を打たうといふ肚ぐみであらう。その手は喰はん」
「どうしてさう……一体このわしを頭から疑はれるのか」
「まだ云ふか。蔡和、蔡仲は、まつたく呉に降(くだ)つて、かたく予に忠節を誓ひをるもの。豈(あに)、汝等の妨げに遭つて、ふたゝび魏の軍へ回(かへ)らうか」
「そ、そんな」
「だまれ、だまれつ。本来は一刀両断に斬つて捨(すて)るところだが、旧交の誼(よし)みに、生命だけは助けてくれる。わが呉の軍勢が、曹操を撃破するのも、こゝわづか両三日のあひだだ。そのあひだ、この辺に繫(つな)いでおくのも足手まとひ。誰(たれ)かある!こやつを西山の山小舎へでも抛(はう)りこんでおけ。曹操を破つて後、鞭の百打を喰らはせて、江北へ追つ放してくれるから」
と、蔣幹を睨(ね)めつけ、左右の武将に向つて、虎のごとく云ひつけた。
武士たちは、言下に、
「おうつ」
と、ばかり蔣幹を取囲んで、有無をいはさず営外へ引つ立てゝ行つた。そして一頭の裸馬の背に搔き乗せ、厳しく前後を警固して西山の奥へ追ひ上げた。
山中に一軒の小舎があつた。おそらく物見小舎であらう。蔣幹をそこへ抛(はう)りこむと、番の兵は、昼夜、四方に立つて見張つてゐた。
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次回 → 鳳雛・巣を出づ(三)(2025年12月19日(金)18時配信)

