吉川英治『三国志(新聞連載版)』(690)裏の裏(二)
昭和16年(1941)12月17日(水)付掲載(12月16日(火)配達)
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その後も、闞沢と甘寧は、たびたび人のない所で密会してゐた。
或る夕、囲ひの中で、また二人がひそ/\囁いてゐた。かねて注目してゐた蔡和と蔡仲は、陣幕(とばり)の外に耳を寄せて、凝(ぢつ)(ママ)と、聞きすましてゐたが、颯(サツ)と、夕風に陣幕の一端が払はれたので、蔡和の半身がちらと、中の二人に見つけられたやうだつた。
「あつ、誰かゐる」
「しまつた」
と、いふ声が聞えた。
——と思ふと、甘寧と闞沢は、大股に、しかも血相変へて、蔡和、蔡仲のそばへ寄つてきた。
「聞いたらう!われ/\の密談を」
闞沢がつめ寄ると、甘寧はまた一方で、剣を地に投げて、
「われ/\の大事は未然に破れた。すでに人の耳に立ち聞きされたからには、もう一刻もこゝには留まり難い」
と、足ずりしながら慨嘆した。蔡和、蔡仲の兄弟は、何か、頷(うなづ)き合つてゐたが、急にあたりを見廻して、
「御両所、決して/\絶望なさる必要はありませぬ。何を隠さう、われ/\兄弟こそ、実は、曹丞相の密命をうけ、詐(いつは)つて呉に降伏して来た者。——今こそ実を打明けるが、本心からの降人ではない」
と、云つた。
甘寧と闞沢は、穴のあく程、兄弟の顔を見つめて、
「えつ、それは……真実なのか」
「何でかやうな大事を噓(うそ)詐(いつは)りに云へませう」
「噫(あゝ)!……それを聞いて安堵いたした。貴公等の投降が、曹丞相の深遠な謀計の一役をもつものとは、夢にも知らなかつた。思へばそれもこれも、ひとつの機運。魏いよいよ興り、呉こゝに亡ぶ自然の巡り合せだらう」
もちろん、先頃から、甘寧と闞沢が、人なき所で度々(たび/\)密談してゐたことは——周都督に対する反感に堪忍の緒を切つて——いかにしたら呉の陣を脱走できるか、どうしたら周都督に仕返しできるか、またいツその事、不平の徒を狩り集めて、暴動を起さんかなどといふ不穏な相談ばかりしてゐたのであつた。わざと、蔡兄弟に、怪しませるやうにである。
蔡和、蔡仲の兄弟は、それが巧妙な謀計とは、露ほども気づかなかつた。自分たちがすでに謀計中の主役的使命をおび、この敵地の中に活躍してゐるがために、却(かへ)つて対手(あひて)の謀計に乗せられてゐるとは思ひもつかなかつた。
裏をもつて謀れば、又その裏を以て謀る。兵法の幻妙はこの極まりない変通のうちにある。神変妙通のはたらきも眼光もないものが、下手(へた)に術を施すと、却つて、敵に絶好な謀計の機会を提供してしまふ結果となる。
その晩、四人は同座して、深更(シンカウ)迄(まで)酒を酌んでゐた。一方は一方を謀り了(を)はせたと思ひこんでゐる。
が、共に打解け、胸襟をひらきあひ、共に、これで曹丞相といふ名主のもとに大功を成すことができると歓びあつて——。
「では、早速、丞相へ宛てゝ、一書を送つておかう」
と、蔡仲、蔡和は、その場で、この事を報告する文を認(したゝ)め、闞沢もまた、べつに書簡をとゝのへてひそかに部下の一名に持たせ、江北の魏軍へ密かに送り届けた。
闞沢の書簡には、
——わが党の士、甘寧もまた夙(つと)に
丞相をしたひ、周都督にふくむの意あり、
黄蓋を謀主とし、近く兵糧軍需の資を、
船に移して、江を渡つて貴軍に投ぜんとす。
——不日、青龍の牙旗をひるがへした船を
見たまはゞ、即ち、われら降参の船なりと
御覧ぜられ、水寨(スヰサイ)の弩(いしゆみ)を
乱射するを止(とゞ)めたまはんことを。
と、いふ内容が秘められてあつた。
しかし、やがてそれを受取つた日、さすがに曹操は、鵜(う)呑(の)みにそれを信じなかつた。むしろ疑惑の眼をもつて、一字一句を繰返し繰返しながめてゐた。
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次回 → 鳳雛・巣を出(い)づ(一)(2025年12月17日(水)18時配信)

