吉川英治『三国志(新聞連載版)』(689)裏の裏(一)
昭和16年(1941)12月16日(火)付掲載(12月15日(月)配達)
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酒のあひだに曹操は、蔡和、蔡仲からの諜報を、ちらと卓の陰で読んでゐたが、すぐに袂(たもと)に秘めて、さり気なく云つた。
「さて闞沢とやら。——今は御辺に対して予は一点の疑ひも抱いてをらん。この上は、ふたゝび呉へ回(かへ)つて、予が承諾した旨を黄蓋へ伝へ、充分、諜(しめ)しあはせて、わが陣地へ来てくれい。抜かりはあるまいが、くれ/゛\も周瑜に覚(さと)られぬやうに」
すると、闞沢は、首を振つて断つた。
「いや、その使には、ほかに然るべき人物をやつて下さい、てまへはこれに留(とゞ)まりませう」
「なぜか」
「二度と、呉へ帰らんなどゝは、期してもをりません」
「だが、御辺ならば、往来の勝手も知る、もしほかの者をやつたら、黄蓋も惑ふだらう」
再三、曹操に乞はれて、闞沢は初めて承知した。——なほ曹操が自分の肚(はら)をさぐる為にさう云つたのではないかといふことを闞沢は警戒してゐたのである。
——が、今は曹操も、充分、彼の言を信じて来たものゝやうだつた。闞沢は仕すましたりと思つたが、色にも見せず、他日、再会を約して、ふたゝび帰る小舟に乗つた。その折も曹操から莫大な金銀を贈られたが、
「大丈夫、黄金(かね)のために、こんな冒険はできませんよ」
と、手も触れず、一笑して、小舟を漕ぎ去つた。
呉の陣所へもどると、彼はさつそく黄蓋と密談してゐた。黄蓋は事の成りさうな形勢に、いたく歓んだが、なほ熟慮して、
「初めに疑つてゐた、曹操が後(のち)にどうして急に深く信じたのだらう?」
と、糺(たゞ)した。
闞沢は、それに答へて、
「おそらく、てまえの辯舌だけでは、なほ曹操を信じ切らせるには至らなかつたでせうが、折も折、蔡和、蔡仲の諜報が、そつと彼の手に渡されたのです。——てまへの言を信じない彼も腹心の者の密報には、すぐ信を抱いたものと見えます。しかもその密諜に依る呉軍内の情報と、てまへの語つたところとが、符節を合せた如く一致してゐましたらうから、疑ふ餘地もないとされたに違ひありません」
「むむ……成程。では御苦労だが足ついでに、甘寧の部隊へ行つて、甘寧の下にをる蔡和、蔡仲の様子をひとつ見ておいてくれんか」
闞沢は、心得て、甘寧の部隊を訪ねて行つた。
唐突な訪れに、甘寧は、彼のすがたをじろ/\見て、
「なにしに見えたか」
と、訊ねた。
闞沢が、いま本陣で、気にくはぬ事があつたから、無興をなぐさめに来たと云ふと、甘寧は信じないやうな顔して、
「ふーム……?」
と、薄ら笑ひをもらした。
そこへ偶然、蔡和、蔡仲のふたりが入つて来た。甘寧が、闞沢へ眼くばせしたので、闞沢も甘寧のこゝろを覚つた。
——で、わざと不興げに、
「近ごろは、事(こと)毎(ごと)に、愉快な日は一日もない。周都督の才智は、われわれだつて充分に尊敬してゐるがそれに驕(おご)つて、人をみな塵(ちり)か芥(あくた)のやうに見るのは実によくない」
と、独り鬱憤をつぶやきだすと、甘寧もうまく相槌を打つて、
「また何かあつたのか、どこも軍の中枢で、さう毎日紛争があつちや困るな」
「たゞ議論の争ひならいゝが、周都督と来ては、口汚なく、衆人(シウジン)稠坐(チウザ)の中で、人を辱しめるから怪(け)しからん。……不愉快だ。実に、我慢がならぬ」
と、唇を嚙んで憤りをもらしかけたが、ふと一方に佇んでゐる蔡和、蔡仲のふたりを、じろと眼の隅から見て、急に口をつぐみ、
「……甘寧。ちよつと、顔をかしてくれないか」
と、彼の耳へ囁き、わざと隣室へ伴つて行つた。
蔡和と蔡仲は、黙つて、眼と眼を見合せてゐた。
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次回 → 裏の裏(二)(2025年12月16日(火)18時配信)

