吉川英治『三国志(新聞連載版)』(688)一竿翁(いつかんをう)(三)
昭和16年(1941)12月14日(日)付掲載(12月13日(土)配達)
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闞沢は、自若として、少しも𤢖(さは)がないばかりか、却(かへ)つて、声を放つて笑つた。
「あはゝゝ。小心なる丞相かな。この首を所望なら、いつでも献上しようものを、さりとは、仰山(ゲウサン)(ママ)至極。音に聞く魏の曹操とは、かゝる小人物とは思はなかつた」
「だまれ。かやうな児戯にひとしい謀計を携へて、予をたばからんとなす故、汝のそツ首を刎ねて、わが軍威を振ひ示さんは、総帥の任だといふのに、汝こそ、何が可笑(をか)しいか」
「いや、それを嗤(わら)ふのではない。よりといへば黄蓋が、曹操などといふ人物を買ひ被(かぶ)つてゐるのを愍笑(ビンセウ)したまでだ」
「無駄だ。巧言を止めろ。われも幼少から兵書を読み、孫子呉子の神髄を書に捜(さぐ)つてゐる。別人ならば知らぬこと、この曹操がいかで汝や黄蓋ごとき者の企てに乗らうぞ」
「いよ/\可笑(をか)しい。いや笑止千万だ。それほど、蛍雪の苦を学びの窓に積み、弱冠より兵書に親しんで来たといふ者が、何故、この闞沢の携(たずさ)へて来た書簡に対し、一見、真か噓か、その実相すら摑(つか)み得ないのか。世の中にこれほどばかばかしい自慢はあるまい」
「では、冥途のみやげに、黄蓋の書簡をもつて、予が詐術なりと観破した理由を云つて聞かせてやろう。慥(しか)と耳の垢を払つて聞くがいい——書中、黄蓋が云つてゐるやうに、我への降参が、本心からのものならば、かならず味方に来る時の日限を明約してゐなければならん。然るに書中にはその日時には何も触れてをらぬ。これ、本心にない虚構の言たる證拠であらう」
「これは、異な説を聞くものだ。みだりに兵書を読めばとて、書に読まれて、書の活用を知らぬものは、むしろ無学より始末がわるい。そんな凡眼で、この大軍をうごかし、呉の周瑜に当るときは、忽ち、敵の好餌——撃砕されるに極(きま)つてゐる」
「何、敗れるに極つてゐると」
「然り、小学の兵書に慢じ、新しき兵理を究めず、わづか、一書簡の虚実も、一使の言の信不信も、これを観る眼すらない大将が、何で、呉の新鋭に勝てようか」
「…………」
ふと、曹操は唇(くち)をむすんで、何か考へ込むやうな眼で、凝(じつ)と、闞沢を見直してゐた。
闞沢は、自身の頸(くび)を叩いて、
「いざ、斬るなら、早く斬れ」
と、迫つた。
曹操は、顔を横に振つて、
「いや、しばしその生命は預けておかう。この曹操がかならず敗戦するだらうといふ事に就(つい)て、もう少し論じてみい。もし理に当るところがあれば、予も論じてみる」
「折角だが、あなたは賢人を遇する礼儀も知らない。何を云つたところで無益であらう」
「では、前言を暫く詫びる。まづ高論を示されい」
「古言にもある。主ニ反(そむ)イテ盗ミヲ作(な)ス安(いづく)ンゾ期スベケンヤ——と。黄蓋いま、深恨断腸、三代の呉をそむいて麾下に降らんとするにあたり——もし日限を約して急に支障を来し、来会の日をたがへたなら、丞相の心はたちまち疑心暗鬼に囚(とら)はれ、遂に、一心合体の成らぬのみか、黄蓋は拠るに陣なく、帰るに国なく、自滅の外なきに至ります。故にわざと日時を明示せず、好機を計つて参らんといふこそ、事の本心を證するもの、またよく兵の機謀にかなふもの、これを却(かへ)つて疑ひの種となす丞相の不明を、愍(あは)れまずにゐられません」
「むむ、その言はいゝ」
曹操は、大きく頷(うなづ)いた。
「寔(まこと)に、一時の不明、先程からの無礼は許せ」
彼は遽(にはか)に、かう謝して、賓客の礼を与へ、座に請(シヤウ)じて、あらためて闞沢の使をねぎらひ、酒宴をまうけて、更に意見を求めた。
ところへ、侍臣の一名が、外から来て、そつと曹操の袂(たもと)の下へ、何やら書状らしいものを渡して退(さ)がつた。
「はゝあ……。さては呉へ紛れ込んでゐる蔡和、蔡仲から、何かさつそく密謀が来たな」
と感づいたが、闞沢は何げない態(テイ)をつくろつて、頻(しき)りと杯をあげ、且つ辯じてゐた。
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