吉川英治『三国志(新聞連載版)』(675)群英の会(五)
昭和16年(1941)11月29日(土)付掲載(11月28日(金)配達)
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そのうちに又、べつな声で、北国訛りの男が何か喋舌(しやべ)り出した。呉の陣中に北兵がゐるのは怪訝(いぶか)しいと蔣幹はいよ/\聞き耳をそばだててゐた。
男は此(こ)の陣中の者ではない。江北から来た密使と見える。蔡大人とか、張都督とか、蔡瑁、張允のことを尊称してゐることばつきから見ても、彼の部下か、或(あるひ)(ママ)はそれに頼まれて来た人間といふことは想像がつく。
「……さては何か諜(しめ)し合せに」
と、先刻(さつき)、拾つた書簡を思ひあはせて、蔣幹は身の毛をよだてた。偖(さて)も、油断のならぬことよ、心も恟々(おど/\)して、もう空(そら)寝入りしてゐるのも気が気ではない。
軈(やが)ての事——密使の男と、ひとりの大将は、用談がすんだとみえて、跫音(あしおと)ひそかに立ち去つた。周瑜もすぐ寝室へもどつて来た。そして今度は、帳を引いて、寝床の中へ深々と潜りこんだ。——夜明けの待ち遠しさ。蔣幹は薄目をあいて窓外ばかり気にしてゐた。いゝ按配に、周瑜は再び大きな寝息をかき初めてゐる。そして、窓の辺(あたり)が、仄(ほの)かに明るくなりかけた。
「……うーむ。ああ、よく眠つた」
蔣幹は〔わざ〕と大きく伸びをしながらさう呟いてみた。周瑜は眼を覚まさない。しめたと、厠(かはや)へ立つ〔ふり〕をして、内房から飛び出した。外はまだ暁闇、わづかに東天(しのゝめ)の空が紅い。
陣屋の轅門(ゑんもん)まで来ると、
「誰だつ?」
番兵に見咎められて、一喝を浴びた。蔣幹は〔ぎよつ〕としたが、強(し)ひて横柄に構へながら、
「周都督の客にむかつて、誰(たれ)だとは何事だ。わしは都督の友人蔣幹ぢやが」
と、肩を高くして振向いた。
番兵らはあわてゝ敬礼した。蔣幹は悠々と背を向けたが、番兵たちの眼から離れると、風の如く駈け出して、江岸の小舟へ飛び乗つた。
曹操は彼の帰りを待ちかねてゐた。周瑜の降伏を深く期待してゐたのである。だが、立帰つて来た蔣幹は、
「どうもその事はうまく行きませんでした」
と、まづ復命した。
あきらかに、曹操の面(おもて)は、失望の色に蔽(おほ)はれた。然し——と、蔣幹は唇(くち)を舐めてそれに云ひ足し、
「より以上な大事を、呉の陣中から拾つて来ました。これを以て、いささかお慰めください」
と、周瑜の寝室から奪つて来た書簡の一つを差(さし)出した。
味方の水軍都督蔡瑁、張允のふたりが、敵へ通謀して、しかも曹操の首を打つことは、逆意でも裏切でもなく、故主劉表の復讐であると、それには揚言してゐるではないか。
「すぐ、二人を呼べ」
彼の忿怒(フンヌ)は、尋常でなかつた。武士の群(むれ)は忽ち走つて、二人を捕へて来た。——犬畜生でも見るやうに、曹操は、はツたと両名を睨(ね)めつけて、
「出しぬけに、先手を喰つて貴様たちは、さぞ度胆を潰(つぶ)したらう。身のほど辨(わき)まへぬ悪計を企らむと、運命といふやつは、大概逆に転んでくるものだ。——誰(たれ)でもよしつ、この剣をもつて、そいつらの細首を打落せ」
と、佩剣(ハイケン)を武士に授けた。
蔡瑁、張允は仰天して、
「何を御立腹なのか、それがし共には考へもつきません。理由を仰せ聞かせ下さい」
と、蒼白になつて云つた。
曹操は耳を仮(か)さず、
「太々(ふて/゛\)しい下司(ゲス)共、これを見ろ。これは誰の書簡だ」
と、例の一通を、二人の眼の前に投げつけた。張允は見るやいなや、
「あつ、偽書だ。こんな、敵の謀略にのつて」
と、跳び上つたが、その叫びも終らないうちに、後(うしろ)にまはつてゐた武士の手から、戞然(カツゼン)、大剣は鳴つて、その首すぢへ振(ふり)落された。つゞいて、逃げようとした蔡瑁の首も、一刀両断の下(もと)に転がつてゐた。
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