吉川英治『三国志(新聞連載版)』(650)火中の栗(三)
昭和16年(1941)10月30日(木)付掲載(10月29日(水)配達)
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「閣下。おそらくあなたのお心には」——孔明はなほ云つた。孫権の俯(うつ)向いてゐる上へ、云ひかぶせるやうに云つた。
「大きな誇(ほこり)をお持ちでせう。またひそかには、男児と生れて、天下の大事を争うてみたいといふ壮気も疼(うづ)いてをられませう。……ところが呉の宿将元老こと/゛\く不賛成です。まづ安穏第一とおすゝめ申しあげてをる。閣下の胸中も拝察できます。——けれど事態は急にして且つ重大です。もし遅疑逡巡、いたづらに日をすごし、決断の大機を失ひ給ふやうなことに至つては、禍(わざはひ)の襲ひ来ること、もう遠い時期ではありませんぞ」
「…………」
孫権はいよ/\黙りこむ一方であつた。孔明はしばらく間をおいて又、
「何よりも、国中の百姓が、塗炭の苦しみをなめます。閣下のお胸ひとつの為に。——戦ふなら戦ふ、これも可(よ)し。降参するならする、これ亦(また)可しです。いづれとも、早く決することです。同じ降参するなら、初めから恥を捨てた方が、なほ幾分、あなたに残されるものが残されるでせう」
「……先生つ」と、孫権は面をあげた。内に抑へつけてゐた憤懣(フンマン)が眼に出てゐる、唇(くち)に出てゐる、色に出てゐる。
「先生の言を聞いてをると、他人(ひと)の立場はどうにでも云へる——といふ俗言が思ひ出される。云はるゝ如くならば、なぜ先生の主、劉豫州にも降服をすゝめられぬか。予以上、戦つても勝目のない玄徳へ、その言その儘(まゝ)を、献言されないか」
「いみじくも申された。むかし斉の田横(デンワウ)は、一処士の身にありながら、漢の高祖にも降(くだ)らず、つひに節操を守つて自害しました。いはんやわが劉豫州は、王室の宗親。しかもその英才は世を蓋(おほ)ひ、諸民の慕ふこと、水に添うて魚(うを)の遊ぶが如きものがある。勝敗は兵家のつね、事成らぬも天命です。いづくんぞ下輩曹操ごときに降(くだ)りませうや。——もし私が、閣下へ申しあげたやうな言をそのまゝわが主君へ進言したら、たちどころに斬首されるか、醜(きたな)き奴(やつこ)と、生涯蔑まれるに極(きま)つてをります」
言ひ終らないうちである。
孫権は急に顔色を変へて、ぷいと席を起ち、大股に後閣へ立ち去つてしまつた。
小気味よしと思つたのであらう。屛立(ヘイリツ)してゐた諸大将は不しつけな眼や失笑を孔明に投げながらぞろ/\と堂後へ隠れた。
ひとり魯粛はあとに残つて、
「先生。何たる事です」
「何がですか」
「あれほど私が忠告しておいたのに、私があなたに寄せた同情は〔だい〕なしです。あんな不遜な言を吐かれたら孫将軍でなくても怒るに極(きま)つてゐます」
「あはゝゝ。何が不遜。自分はよほど慎んで云つたつもりなのに。——いやはや、大気な人間を容れる雅量のないおひとだ」
「では別に何か先生には、妙計大策がおありなのですか」
「勿論。——なければ、孔明のことばは、空論になる」
「真に大計がおありならば、もう一応、主君にすゝめてみますが」
「気量のものを容れる寛度をもつて、もし請ひ問はるゝならば、申してもよい。——曹操が百万の勢も孔明から云はしめれば、群(むらが)れる蟻のやうなものです。わが一指をさせば、粉々に分裂し、わが片手を動かさば、大江の水も逆巻いて、立ちどころに彼が百船も呑み去るであらう」
烱々(ケイ/\)たる眸は天の一角を射てゐた。魯粛は、その眸を、凝(じつ)と見て、狂人ではないことを信念した。
孫権のあとを追つて、彼は後閣の一房へ入つた。主君は衣冠を更(か)へてゐた。魯粛はひざまづいて、再度すゝめた。
「御短慮です。まだ孔明は真に腹蔵を吐露してはをりません。曹操を討つ大策は、軽々しく云はぬと云つてゐます。そして又、何ぞ気量の狭い御主君ぞと、大笑してゐました。……もう一度、彼の胸を叩いてごらん遊ばしませ」
「なに、予のことを、気量の狭い主君だと云つてゐたか」
孫権は、王帯(おび)を佩(は)きながら、ふと面(おもて)の怒気をひそめてゐた。
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