吉川英治『三国志(新聞連載版)』(634)宝剣(三)
昭和16年(1941)10月10日(金)付掲載(10月9日(木)配達)
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阿斗を甲(よろひ)の下に抱いて、趙雲が馬に跨ると、墻(かき)の外、附近の草叢(くさむら)などには早、無数の歩兵が這ひ寄つて、
「この内に、敵方の大将らしいのがゐる」
と、農家のまはりを犇々(ひし/\)と取巻いてゐた。
——が、趙雲は、殆(ほとん)ど、それを無視してゐるやうに、馬の尻に一鞭加へ、墻の破れ目から外へ突出した。
曹洪の配下で晏明(アンメイ)といふ部将がこれへきた先頭であつた。晏明はよく三尖両刃(サンセンレウジン)(ママ)の怪剣を使ふといはれてゐる。今や趙雲のすがたを目前に見るやいな、それを揮(ふる)つて、
「待てつ」
と、挑み掛つたが、
「おれを遮るものはすべて生命(いのち)を失ふぞ」
と、趙雲の大叱咤に、思はず気も竦(すく)んだらしく、あつとたじろぐ刹那、鎗は一閃に晏明を突き殺して、飛電のごとく駆け去つてゐた。
然(しか)し行く先々、彼のすがたは煙の如く起つては散る兵団に囲まれた。馬蹄のあとには、無数の死骸が捨てられ、悍馬(カンバ)絶叫、血は河をなした。
時に、一人の敵将が、背に張郃(チヤウカフ)と書いた旗を差し、敢然、彼の道を塞いで、長い鎖の両端に、二箇の鉄球をつけた奇異な武器を携へて吠えかゝつて来た。それは驚くべき腕力と錬磨の技をもつて、二つの鉄丸を交々(こも/゛\)抛(な)げつけ、まづ相手の得物を絡め取らうとする戦法だつた。
「しまつた」
と、さしもの趙雲も、この怪武器には鎗を奪(と)られ、さらに応接の遑(いとま)もないばかり唸(うな)り飛んで来る二箇の鉄丸にたじ/\と後ずさつた。
(——今は強敵と戦つて、功を誇つてゐる場合ではない。若君のお身をつつがなく主君へお渡し奉るこそ大事中の大事)
さう気づいたので趙雲は、急に馬を回(かへ)して、張郃の猛撃を避けながら馳け出した。
と、見て、張郃は、
「口ほどもない奴、それでも、音に聞ゆる趙雲子龍か。返せつ」
と、悪罵を浴びせながら愈々(いよ/\)烈(はげ)しく追つて来た。
趙雲の武運がつきたか、懷(ふところ)にある阿斗の薄命か。——呀(あ)ツと、趙雲の声が、突然、埃につゝまれたと思ふと、彼の体は、馬(うま)諸(もろ)共(とも)、野の窪坑(くぼあな)に墜(お)ち転んでゐた。
「得たり乎」
と、張郃はすぐ馬上から前(まへ)屈(かゞ)みに、一端の鉄丸を抛(はう)(ママ)りこんだ。ところが、鉄丸は趙雲の肩を外(そ)れて坑口(あなぐち)の土壁にぶすツと埋(うづ)まつた。
次の瞬間に、張郃の口から出た声は、ひどく狼狽した叫びだつた。粘土質の土壁に深く入つてしまつた鉄丸は、いかに彼の腕力をもつて鎖を引つ張つても、容易に抜けないからであつた。
その隙に、趙雲は躍り立つて、
「天この若君を捨てたまはず、われに青釭の剣を借す!」
と、歓喜の声をあげながら、背に負ふ長剣を引(ひき)抜くやいな、張郃の肩先から馬体まで、一刀に斬り下げて、凄(すさま)じい血をかぶつた。
後(のち)に、語り草として、世の人はみなかう言つた。
(——其(その)折(をり)、坑(あな)のうちから紅の光が発し、張郃の眼が晦(くら)んだ刹那に趙雲は彼を仆した。これみな趙雲のふところに幼主阿斗の抱(いだ)かれてゐた為である。やがて後に蜀の天子となるべき洪福と天性の瑞兆(しるし)であつたことは、趙雲の翔(か)ける馬の脚下(あしもと)から紫の霧が流れたといふことを見てもわかる)
然(しか)し、事実は、紫の霧も、紅の光も、青釭の剣があげた噴血であつたにちがひない。けれど又、彼の超人的な武勇と精神力のすばらしさは、それに蹴ちらされた諸兵の眼から見ると、やはり人間(ニンゲン)業(わざ)とは思へなかつたのも事実であらう。紅の光!——それは忠烈の光輝だといつてもいゝ。紫の霧!——それは武神の剣が修羅の中に曳いて見せた愛の虹だと考へてもいゝ。
ともあれ、青釭の剣のよく斬れることには、趙雲も驚ゐた。この天佑と、この名剣に、阿斗はよく護られて、ふたゝび千軍万馬の中を、星の飛ぶやうに、父玄徳のゐる方へ、またゝくうちに翔(か)け去つた。
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