吉川英治『三国志(新聞連載版)』(632)宝剣(一)
昭和16年(1941)10月8日(水)付掲載(10月7日(火)配達)
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曹仁の旗下で、淳于導(ジユンウダウ)といふ猛将があつた。
この日、玄徳を追撃する途中、行手に立(たち)塞(ふさが)つた糜竺と戦ひ、遂に糜竺を手捕りにして、自身の鞍わきに縛りつけると、
「けふ第一の殊勲は、玄徳を搦(から)め捕る事にあるぞ。玄徳との距離はもう一息」
と、淳于導は猶(なほ)も勢に乗つて、千餘の部下を励ましながら、驟雨(シウウ)の如くこれへ殺到して来たものだつた。
逃げまどふ百姓の群には眼もくれず、淳于導は、趙雲のそばへ駆け寄つて来た。玄徳の一将と見たからである。
「やあ、生捕られたは、味方の糜竺ではないか」
趙雲は、その敵と鎗を交へながら、驚いて叫んだ。
猛将淳于導も、こんどの相手は見損つてゐた。かなはじと、慌てゝ馬の首をめぐらしかけた刹那、趙雲のするどい鎗は、すでに彼の体を突き上げて、一(イツ)旋(セン)!血を撒(ま)きこぼして、大地へたゝきつけてゐた。
残る雑兵(ザウヒヨウ)輩(ばら)を追ひちらして、趙雲は糜竺を扶け下ろした。そして敵の馬を奪つて、彼を搔(かき)乗せ、また甘夫人も別な駒に乗せて、長坂橋の方へ急いだ。
——と。
そこの橋の上に、張飛が馬を立てゝゐた。さながら天然の大石像でも据ゑてあるやうな構へである。たゞ一騎、鞍上に大矛を横たへ、眼(まなこ)は鏡の如く、唇は大きくむすんで、その虎髯(とらひげ)に戦々と微風は横に吹いてゐた。
「やあつ。それへ来たのは、人間か獣か」
いきなり張飛が罵つたので、趙雲も憤(む)ツとして、
「退(さが)れつ。甘夫人の御前を——」
と、叱りとばした。
張飛は、彼のうしろにある夫人の姿に、初めて気がついて、
「おゝ、趙雲。貴様は曹操の軍門に降伏したわけぢやなかつたのか」
「何を〔ばか〕な」
「いや、その噂があつたので、もしこれへ来たら。一(イツ)颯(サツ)のもとに、大矛の餌食(ゑじき)にしてやらうと、待ちかまへてゐたところだ」
「若君と二夫人のお行方をたづね、明方から血眼(ちまなこ)に駆けまはり、漸く甘夫人だけをお探し申して、これまでお送りして来たのだ。して、我君には?」
「この先の木陰にしばし御休息なされてをる。君にも、幼君や夫人方の安否をしきりとお案じなされてをるが」
「さもあらう。では張飛。御辺は甘夫人と糜竺を守つて、君の御座所まで送りとゞけてくれ。それがしは、又すぐこゝから取つて返して、なほ糜夫人と阿斗の君をおたづね申して来る」
云ひ残すや否や、趙雲は、ふたたび馬を躍らせて、単騎、敵の中へ駆けて行つた。
すると彼方から十人ほどの部下を従えた若い武者が、ゆつたりと駒をすゝめて来た。背に長剣を負ひ、手に華麗な鎗をかゝへてゐる容子、然るべき一方の大将とは、遠くからすぐ分つた。
趙雲は唯(たゞ)一騎なので、近づく迄(まで)先では、敵とも気がつかなかつたらしい。不意に名乗りかけられて若武者はひどく驚愕した。従者もいちどに趙雲をつゝんだが、元より馬蹄の塵にひとしい。忽ち、逃げ散つてしまひ、その主人たる若武者は、敢(あへ)なく趙雲に討たれてしまつた。
その際、趙雲は、
「や。いゝ剣を持つてゐる」
と、眼をつけたので、すぐ死骸の背から剣を奪(と)りあげて検(あらた)めてみた。
剣の柄(つか)には、金を沈めて、青釭(セイコウ)の二字が象嵌(ザウガン)されてゐる。——それを見て、初めて知つた。
「あ。この者が、曹操の寵臣(チヨウシン)、夏侯恩(カコウオン)であつたか」——と。
伝へ聞く、侯恩は、かの猛将夏侯惇の弟であり、曹操の側臣中でも、もつとも曹操に愛されてゐた一名といへる。——その證拠には、曹操が秘蔵の剣「青釭・倚天(イテン)」の二(ふた)振(ふり)のうち、倚天の剣は、曹操みづから腰に帯してゐたが、青釭の剣は、侯恩に佩(は)かせて、
「この剣に位(くらゐ)負けせぬほどな功を立てよ」
と、励ましてゐたほどである。
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次回 → 宝剣(二)(2025年10月8日(水)18時配信)

