吉川英治『三国志(新聞連載版)』(621)新野を捨てゝ(三)
昭和16年(1941)9月25日(木)付掲載(9月24日(水)配達)
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曹操はなほその総軍司令部を宛城において、情勢を大観してゐたが、曹仁、曹洪を大将とする先鋒の第一軍十万の兵は、許褚の精兵三千を加へて、その日すでに、新野の郊外まで殺到してゐた。
一応、そこで兵馬を休ませたのが、午(ひる)の頃であつた。
案内者を呼びつけて、
「これから新野まで何里か」
と、訊くと、
「三十餘里です」
と、云ふ。
「土地の名は」
と、云へば、
「鵲尾坡(ジヤクビハ)——」と、答へた。
そのうちに、偵察に行つた数十騎が、引返して来て云ふには、
「これからやゝ少し先へ行くと、山に拠り、峰に沿つて陣を取つてゐる敵があります。われわれの影を見るや、一方の山では、青い旗を打(うち)振り、一方の峰では、紅(くれなゐ)の旗をもつてそれに答へ、呼応の形を示す有様、何やら充分、備へてゐる態(テイ)が窺(うかゞ)はれます。どうもその兵力の程は察しきれませんが……」
許褚は、その報を、受けるやいな、自身、当つて見ると称して、手勢三千を率ゐて、深々と前進してみた。
鬱蒼とした峰々、岩々(ガン/\)たる山やその尾根、地形は複雑で、容易に敵の態を見とゞけることができない。しかし、忽ち一つの峰で、颯々と、紅の旗がうごいた。
「あ。あれだな」
凝視してゐると、又、後の山の肩で、頻(しき)りに青い旗を打振つてゐるのが見える。何さま信号でも交わしてゐる様子である。許褚は迷つた。
山気は森(シン)として、鳴をしづめてゐる敵の陣容の深さを想はせる。——これは迂𤄃(ウクワツ)に懸(かゝ)るべきでないと考へたので、許褚は、味方の者に、
「決して手出しするな」
と、かたく戒め、ひとり駒を引返して、曹仁に告げ、指令を仰いだ。
曹仁は一笑に付して、
「けふの進撃は、此(この)度(たび)の序戦ゆゑ、誰も大事を取るであらうが、それにしても、常の貴公らしくもない二の足ではないか。兵に虚実有り、実と見せて虚、虚と見せて実。いま聞く紅旗青旗の事なども、見よがしに、敵の打振るのは、すなはち、我をして疑はしめんが為にちがひない。何のためらふ事があらう。」
と、云つた。
許褚は、ふたゝび鵲尾坡から取つて返し、兵に下知して、進軍をつづけたが、一人の敵も出て来ない。
「今に。……やがて?」と、一歩々々、敵の伏兵を警戒しながら、緊張をつゞけて進んだが、防ぎに出る敵も支へに立つ敵も現れなかつた。
かうなると、張合ひの無いよりは一層、無気味な気抜けに襲はれた。陽(ひ)はいつか西山に沈み、山ふところは暗く、東の峰の一方が夕月に仄(ほの)明るかつた。
「やつ?……。あの音(ね)は」
三千餘騎の跫音(あしおと)が〔はた〕と止まつたのである。耳を澄まして人々はその明るい天の一方を仰いだ。
月は見えないが水のやうに空は澄みきつてゐた。突兀(トツコツ)と聳(そび)えてゐる山の絶頂に、ひとりの敵が立つて大擂(ダイライ)を吹いてゐる。……ば——うつ……ばうゝゝつ……と何を呼ぶのか、大擂の音は長い尾を曳いて、陰々と四山に谺(こだま)してゆく。
「はてな?」
怪しんでなほよく見ると、峰の頂上に、やゝ平らな所があり、そこに一群の旌旗(セイキ)を立て、傘蓋(サンガイ)を開いて対座してゐる人影がある。漸く月ののぼるに従つて、その姿はいよ/\明らかに見ることができた。一方は大将玄徳、一方は軍師孔明、相対して、月を賞し、酒を酌んでゐるのであつた。
「やあ。憎ツくき敵の応対かな。おのれひと揉みに」
許褚は愚弄されたと感じてひどく怒つた。彼の激しい下知に励まされて、兵は狼群の吠えかゝるが如く、山の絶壁へ取りすがつたが、たちまちその上へ、巨岩大木の雨が幕を切つて落すやうに雪崩(なだ)れてきた。
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