吉川英治『三国志(新聞連載版)』(611)臨戦第一課(三)
昭和16年(1941)9月12日(金)付掲載(9月11日(木)配達)
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些末(サマツ)な感情などにとらはれてゐる場合ではない。玄徳は二人へ云つた。
「智は孔明をたのみ勇は二人の力にたのむぞ。よいか。くれ/゛\も」
張飛と関羽が退(さが)つて行くと、玄徳はまた孔明を呼んで、同じやうに、この急場に処する対策を委嘱した。
「御心配は無用です」
孔明はまづそう云つてから、
「——たゞ、この際の憂ひは、外よりも内にあります。おそらくは関羽張飛のふたりが私の命に伏しますまい。軍令が行はれなければ、敗れることは必然でせう」
「実に困つたものだ。それにはどうしたらいゝだらう」
「畏(おそ)れながら、わが君の剣と印とを孔明にお貸しください」
「易いこと、それでよいか」
「諸将をお召しください」
孔明の手に、剣と印を授けて、玄徳は諸将を呼んだ。
孔明は、軍師座に腰をすゑ、玄徳は中央の床几(シヤウギ)に倚(よ)つてゐた。孔明は、厳然、立ちあがつて、味方の配陣を命じた。
「こゝ新野を去る九十里外に、博望坡(ハクボウハ)の嶮がある。左に山あり、豫山(ヨザン)といふ。右に林あり、安林(アンリン)といふ。——各々こゝを戦場と心得られよ」
と、まづ地の理を指摘して、
「——関羽は千五百をひきゐて豫山にひそみ、敵軍の通過半ばなるとき、後陣を討つて、敵の輜重(シチヨウ)を襲ひ、火を放(つ)けて焚殺(フンサツ)せられよ。張飛は、同じく千五百の兵を、安林に入れて、後の谷間へかくれ、南にあたつて、火のあがるを見るや、無二無三、敵の中軍先鋒へ当つてそれを粉砕し給へ。——また、関平と劉封とは各五百人を率して、硫黄(イワウ)焰硝(エンセウ)をたづさへ、博望坡の両面より、火を放つて敵を火中につつめ」
次に、趙雲を指命して、
「御辺には先手を命じる」
と、云つた。
趙雲が、よろこび勇むと、孔明はたしなめて、
「たゞし、一箇の功名は、きつと慎み、たゞ詐(いつは)り負けて、逃げて来られよ。勝つことを以(もつ)て能とせず、敵を深く誘ひこむのが貴公の任である。ゆめ、全軍の戦機をあやまり給ふな」
と、諭した。
そのほか、総(すべ)ての手分(てわけ)を彼が命じ終ると、張飛は待つてゐたやうに、いきなり孔明へ向つて大声で云つた。
「いや、軍師のおさしづ、いちいちよく相分つた。ところで一応伺つておきたいが、軍師自身は、いづれの方面に向ひ給ふか」
「わが君には、一軍をひきゐ、先手の趙雲と、首尾のかたちをとつて、すなはち、敵の進路に立(たち)塞がる——」
「だまれ。わが君のことではない、御辺みづからは、どこで合戦をする覚悟かと訊いてをるのだ」
「かく申す孔明は、こゝにあつて、新野を守る」
張飛は、大口あいて、無遠慮に笑ひながら、
「わはゝゝゝ、あはゝゝ。さてこそ/\、この者の智慧のほどこそ知られけり——だ。聞いたか、方方」
と、手を拍(う)つて、
「主君をはじめ、われわれにも、遠く本城を出て戦へと命じながら自分は新野を守るといつてをる、——安坐して、おのれの無事だけを守らうとは……うわ、は、は、は。笑へや、各々」
孔明は、その爆笑を一喝に打(うち)消して、亮然、かう叱りつけた。
「剣、印こゝにあるを、見ぬか。命にそむく者は、斬るぞつ。軍紀をみだす者も同じである!」
眸は、張飛を射すくめた。奮然張飛は反抗しかけたが、玄徳になだめられて、不承々々、出て行つた。嘲(あざ)笑ひながら、出陣した。
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