吉川英治『三国志(新聞連載版)』(607)蜂と世子(せいし)(四)
昭和16年(1941)9月7日(日)付掲載(9月6日(土)配達)
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そこへ、取次があつた。
「荊州の御嫡子、劉琦さまが、お越し遊ばしました」
玄徳は驚いて出迎へた。
劉表の世子劉琦が、何事があつて、訪ねて来たのやら?と。
堂に迎へて、来意を訊くと、劉琦は涙をうかべて告げた。
「御身もよく知つてをられるとほり、自分は荊州の世継と生れてはゐるが、継母(はゝ)の蔡氏には、劉琮があるので、つねにわしをころして琮を跡目(あとめ)に立てようとしてゐる。……もう城にゐては、わしはいつ害されるかわからない。玄徳、どうか助けてください」
「お察し申しあげます。——けれど、御世子、お内輪のことは、他人が容喙(ヨウカイ)して、どうなるものでもありません。苦楽種々、人の家には誰にもあるもの。それを克服するのは、家の人たるものゝ務めではありませんか」
「……でも。ほかの事なら、何でも忍びもしようが、生命(いのち)が危いのです。わしは、殺されたくはない」
「孔明。何かよい思案はないだらうか。御世子のために」
孔明は、冷然と、顔を横に振つて答へた。
「一家の内事、われわれの知ることではありません」
「……」
劉琦は、悄然と、帰るしかなかつた。玄徳は気の毒さうに送つて出て、
「明日、御世子のお館まで、そつと孔明を使にやりますから、その時、かういふやうにして、彼に妙計をおたづねなさい」
と、何か耳へさゝやいた。
翌日、玄徳は、
「きのふ世子の御訪問をうけたから、回礼に行かねばならぬが、どうしたのか、今朝から腹痛がしてならぬ。わしに代つて、御挨拶に行つてくれぬか」
と、孔明に云つた。
で——孔明は、劉琦の館へ出向いた。すぐ帰ろうとしたが、劉琦が礼を篤くして、酒をすゝめるので、帰らうにも帰れなかつた。
酒、半酣(ハンカン)の頃、
「先生にお越しを賜はつたついでに、ぜひ御一覧に供へて、教へを仰ぎたい古書があります。重代の稀書ださうです。ひとつ御覧くださいませぬか」
彼の好学をそゝつて、つひに閣の上に誘つた。孔明は、室を見廻して、
「書物はどこですか」
と、不審顔をした。
劉琦は、孔明の足もとに、ひざまづいて、涙をたれながら百拝してゐた。
「先生、おゆるし下さい。あなたをこゝへ上げたのは、きのふおたづね致した自分の危難を救つていただきたいからです。どうか、死をまぬがれる良計をお聞かせ下さい」
「知らん」
「そんなことを仰つしやらずに」
「なんで、他家の家庭の内事に立ち入らう。そんな策は持ち合はせません」
袂(たもと)を払つて、閣を下りやうとすると、いつのまにか、そこの梯(かけはし)を下から外してあつた。
「あ?……御世子には、孔明をたばかられたな」
「先生を措(お)いては、この世に、訊く人がありません。琦にとつては、生死のさかひですから……」
「いくらお訊ねあらうと、無い策は教へられません。難をのがれ、身の生命を完(まつた)うなされたいと思し召すなら、御自身、智をふるひ、勇を起して、危害と闘ふしかないでせう」
「では、どうしても、先生のお教へは乞へませんか」
「疎(うと)キハ親シキヲ隔(へだ)ツベカラズ。新シキハ旧(ふる)キヲ離間スベカラズ。このことばの通りです」
「ぜひもございません」
琦は、ふいに剣を抜いて、自分の手で自分の頸(くび)を刎ねようとした。
孔明は、急に、押(おし)とゞめて、
「お待ちなさい」
「離してください」
「いや、良計を教へませう。それほどまでの御心底なら」
「えつ、ほんとですか」
琦は、剣をおいて、孔明の前にひれ伏し、急に眼をかゞやかした。
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次回 → 蜂と世子(四)(2025年9月8日(月)18時配信)
なお、日曜日については夕刊が休刊のため、配信はありません。

