吉川英治『三国志(新聞連載版)』(588)雪千丈(四)
昭和16年(1941)8月16日(土)付掲載(8月15日(金)配達)
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茶が煮えると、諸葛均は、うやうやしく玄徳に、一碗の薫湯(クンタウ)を献じて、
「そこは雪が吹きこみます。少しこちらの席で御休息を」
と、すゝめた。
頻(しき)りに帰りを促す張飛の声をうしろに、玄徳は、落着きこんで、茶を啜(すゝ)りながら、
「孔明先生には、よく六韜(リクタウ)を諳(そら)んじ、三略に通ずと、かね/゛\伺つてゐますが、日々、兵書をお読みですか」
などと雑談を向け始めた。
均は、つゝましく、
「存じません」
と、答へるのみ。
「兵馬の修練はなされておいでですか」
「知りません」
「御舎弟のほか、御門人は」
「ありません」
吹雪の中で、張飛は、さも/\焦(じ)れ切つてゐるやうに、
「家兄(このかみ)つ。無用の長問答は、もうよい程にして下さい。雪も風も募るばかり、日が暮れますぞ、ぐづぐづしてゐると」
玄徳は、振り向いて、
「野人。静にせい」
と、叱つた。
そして、均にむかひ、
「かく、お妨(さまた)げ申してゐても、この吹雪では、今日のお帰りは期し難いでせう。他日、あらためて又、推参することにします」
「いえ、いえ。たび/\駕(ガ)を枉(ま)げ給うては、恐縮の至りです。そのうち気が向けば、兄のはうからお伺ひするでせう」
「何ぞ先生の回礼を待たん。また日をおいて、自身おたづねするであらう。ねがはくば、紙筆を借したまへ。せめて先生に一筆のこして参りたく思ふ」
「おやすいこと」
諸葛均は、立つて、几上(キジヤウ)の文房四具を取り揃へ、玄徳の前にそなへた。
筆の穂も凍つてゐる。玄徳は雲箋を手にして、次の一文を認(したゝ)めた。
漢の左将軍宜城ノ亭侯司隷校尉領豫州ノ牧劉備。
歳(とし)両番ヲ経テ相謁シテ遇(あ)ハズ、空シク回(かへ)ツテハ惆悵(チウチヤウ)怏々(ワウ/\)(ママ)トシテ言フベカラザルモノアリ。
切ニ念(おも)フ、備ヤ漢室ノ苗裔(ベウエイ)ニ生レ忝(かたじ)ケナクモ皇叔ニ居、濫(みだ)リニ典郡ノ階ニ当リ、職将軍ノ列ニ係(かかは)ル。
伏シテ観ル、朝廷(テウテイ)陵替(リヨウタイ)、綱紀(カウキ)崩擢(ホウサイ)、群雄国ニ乱ルノ時、悪党君ヲアザムクノ日ニアタリテ、備、心肺トモニ酸(す)ク、肝胆ホトンド裂く。
玄徳はこゝで筆を按じ、瞳を、外の霏々たる雪に向けてゐた。
張飛は、聞えよがしに、
「ううつ、たまらぬ。家兄(このかみ)は詩でも作つてゐるのか。さりとは、風流な」
それを耳にもかけない玄徳であつた。更に、筆を呵(か)して——
匡済(キヤウサイ)(ママ)ノ忠ハアリト雖(いへど)モ、経綸ノ妙策ナキヲ如何ニセン。仰イデ啓ス。
先生ノ仁慈(ジンジ)惻隠(ソクイン)、忠義慨然、呂望(リヨモウ)(ママ)ノ才ヲ展(の)ベ子房ノ大器ヲ施(ほどこ)スヲ。備、コレヲ敬フコト神明ノ如ク、之(これ)ヲ望ムヤ山斗(サント)ノ如シ。一見ヲ求メントシテ得ベカラズ、再ビ十日(ジフジツ)斎戒(サイカイ)薫沐(クンモク)シテ、特ニ尊顔ヲ拝スベシ。乞フ、寛覧(クワンラン)ヲ垂レヨ。鑒察(カンサツ)アラバ幸甚。
建安十二年十二月吉日再拝
「帋筆(シヒツ)をお下げあれ」
「おすみになりましたか」
「先生がお帰りになられたら憚(はゞか)りながらこの書簡を座下に呈して下さい」
云ひ遺(のこ)して、玄徳は堂を降(お)り、関羽、張飛をつれて、黙々、帰つて行つた。
門外に出て、馬を寄せ、すでにこゝを去らうとした時である、送つて来た童子は客も捨てゝ彼方へ高く呼びかけてゐた。
「老先生だ。——老先生!老先生!」
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