吉川英治『三国志(新聞連載版)』(587)雪千丈(三)
昭和16年(1941)8月15日(金)付掲載(8月14日(木)配達)
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供や馬を柴門(サイモン)の陰に残して、関羽、張飛のふたりだけを連れ、玄徳は雪踏み分けて、園(ヱン)の奥へ通つて行つた。
書斎らしい一堂がある。
縁も廂(ひさし)も、雪に埋もれ、堂中は〔ひそ〕としてゐる。
破れ芭蕉の大きな葉が、雪の窓を蔽(おほ)つてゐた。玄徳はひとり階下へ寄つて、そつと室内を窺(うかゞ)つてみた。
——と、そこに。
寂然と膝を抱いて、炉に凭(よ)つてゐる若者がある。若者は眉目秀明であつた。堂外に佇(たたず)む人のありとも知らぬ容子で、独り口のうちで微吟してゐた。
鳳凰(おほとり)は、千里を翔(か)けても
珠(たま)なき樹には棲(す)まずといふ
われ困じて一方を守り
英主にあらねば依らじとし
自ら隴畝(ロウホ)を耕して
いさゝか琴書(キンシヨ)に心をなぐさめ
詩を詠じて鬱を放ち
以て天の時を待つ
一朝明主に逢ふあらば
何の遅きことやあらん……
玄徳はそつと階をのぼつて、廊の端に佇んでゐた。だが、興を妨げるも心ない業(わざ)と、なほ暫く耳をすましてゐたが、微吟の声はそれきり聞えない。
畏(おそ)る/\堂中を窺つてみた。炉に凭(よ)つた儘(まゝ)、その人は、膝を抱(だ)いて居眠つてゐるのである。さながら邪心の無い嬰児(あかご)のやうに。
「先生。お眠りですか」
試みに、玄徳がかう声をかけてみると、若者は、ぱつと眼をみひらいて、
「あつ。……誰方(どなた)ですか」と、愕(おどろ)きながらも、静かにたづねた。
玄徳は、それへ跼(うづくま)つて、礼を施しながら、
「久しく先生の尊名を慕つてゐた者です。実はさきに徐庶のすゝめに依り、幾たびか仙荘へ来ましたが、いつも拝会の縁にめぐまれず、空しく立(たち)帰つてをりましたが、今日、風雪を冒して参つたかひあつて、親しく尊顔を拝し、こんな歓びはありません」
——すると、彼(か)の若者は、急にあわてゝ、身を正し、答礼して云つた。
「将軍は新野の劉皇叔でせう。けふも又、私の兄をばお訪ね下すつたのですか」
玄徳は、色を失つて、
「では、あなたも又、臥龍先生ではないのですか」
「はい。私は臥龍の弟です。——われ等には同腹の兄弟が三人あります。長兄は諸葛瑾と申し、呉に仕へて孫権の幕賓たり。二番目の兄が、諸葛亮、すなはち孔明で——私は臥龍の次にあたる三番目の弟、諸葛均でございます」
「あゝ、さうでしたか」
「いつも/\遠路をお訪ねたまわりながら失礼ばかり……」
「して、臥龍先生には」
「あいにく、今日も不在です」
「何処(いづこ)へお出かけでせう?」
「今朝ほど、博陵の崔州平が参つて、どこかへ誘ひ、飄然と出て行きましたが」
「お行先は分りませんか」
「或日は、江湖に小舟を泛(うか)べて遊び、或夜は、山寺へ登つて僧門をたゝき、また、僻村(ヘキソン)の友など訪ねて琴棋(キンキ)を弄び、詩画に興じ、まつたく往来の測り難い兄のことですから……今日も何処へ行きましたことやら?」
と、均は気の毒さうに、外の雪を見ながら答へた。
玄徳は、長嘆して、
「どうしてかう先生と自分とは、お目にかゝる縁が薄いのだらう」
と、思はず呟いた。
均は黙つて、次の室へ立つて行つた。小さな土炉(つちろ)へ火を入れて、客のために茶を煎(に)るのであつた。
「家兄(このかみ)、家兄、孔明が留守とあれば、仕方がないでせう。さあ、帰らうぢやありませんか」
堂外(そと)はひどい吹雪。張飛は階下から、かう喚(わめ)いて急(せ)きたてた。
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次回 → 雪千丈(四)(2025年8月15日(金)18時配信)

