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前回はこちら → 于吉仙人(五)
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「あつ、何だらう?」
宿直(とのゐ)の人々は、吃驚(びつくり)した。真夜半(まよなか)である。燭(シヨク)が白々(しら/゛\)と、もう四更に近い頃。
寝殿の帳裡(チヤウリ)ふかく、突然、孫策の声らしく、つゞけさまに絶叫が洩れた。すさまじい物音もする。
「何事?」
と、典医や武士も馳けつけて行つた。——が、孫策は見えなかつた。
「オヽ、こゝだ。ここに仆(たふ)れておいでになる」
見れば、孫策は、牀(シヤウ)を離れて床のうへに俯(うつ)伏(ぶ)してゐた。しかも、手には剣の鞘(さや)を払つて。
その前にある錦の垂帳はズタズタに斬り裂かれてゐた。
宿直の武士がかゝへて牀にうつし、典医が薬を与へると、孫策はくわつと眼をみひらいたが、昼間とは、眸のひかりがまるでちがつてゐた。
「于吉め!妖爺めツ。どこへ失(う)せたか」
口走るのである。明(あきら)かに、たゞならぬ症状であつた。
しかし夜が明けると、昏々(コン/\)と眠りに落ち、日が高きころ目をさまして、平常に回(かへ)つて来た。
彼の母とともに、夫人も見舞にきてゐた。老母は涙をうかべて云つた。
「そなたはきのふ神仙を殺したさうぢやが、なんでそんなことをしてくれたか。どうぞけふから祭堂に籠(こも)つて仙霊に懺悔し、七日のあひだ善事を修行してくだされ」
「はゝゝ」孫策は哄笑して——
「母上、この孫策は、父孫堅にしたがつて、十六七歳から戦場に出で、今日まで名だたる敵を斬ることその数も知れません。なんで妖法をなす乞食(こじき)老爺(おやぢ)ひとりを殺したからといつて、祭堂に籠つて天に詫びることをする要がありませう」
「いえ/\、于吉は、凡人ではない。神仙です。神霊の祟(たゝ)りをそなたは恐れぬのか」
「恐れません。わたくしは、呉の国主です」
「まあ、いくら諫めても、そなたは強情な——」
「もう仰(お)つしやつて下さるな、人には人の天命ありです。いくら妖人が祟(たゝ)らうと、人命を支配するなどといふ理はうなづけません」
やむなく老母と夫人は、愛児の為(た)め、良人(をつと)のため、自身が代つて修法の室に籠り、七日のあひだ潔斎して禱(いの)りを修めてゐた。
けれどその効(かひ)もなく、毎夜、四更の頃となると、孫策の寝殿には怪異なる絶叫がながれた。
于吉のすがたが現れて、彼の寝顔を〔あざ〕笑ひ、彼の牀をめぐり、彼が剣を抜いて狂ふと、忽然、夜明の光とともに掻(かき)消(き)えてしまふらしい。
目に見えるほど痩せてきた。そして孫策は、昼間も昏々(コン/\)とつかれて眠り落ちてゐる日が多かつた。
母は、枕元へ来て、頼むやうにまた云つた。
「策。どうぞ、おねがひですから玉清観(ギヨクセイクワン)へお詣りに行つてください」
「寺院に用はありません。父の命日でもありますまい」
「わたくしから、玉清観の道主におすがりしたのぢや。天下の道士を請(シヤウ)じて香を焚き、行を営んで、鬼神のお怒りをなだめて戴(いたゞ)くやうに」
「孫策は幼少からまだ、父が鬼神を祭つたのは、見たこともありませんが」
「そんな理窟はもう云はないでおくれ。英魂も怨みをのこして此(この)土(ド)に執着すれば鬼神になる。まして罪もなく殺された神仙の霊が祟りをなさずにゐませうか」
老母は〔よゝ〕と泣く。夫人も泣きすがつて諫める。孫策もそれには負けて、遂に轎(くるま)の用意を命じ、道士院の玉清観へ赴いた。
「ようこそ」
と、国主の参詣をよろこんで、道主以下、多勢して彼を出迎へ、修法の堂へ導いた。
気のすゝまない顔をして、孫策は中央の祭壇に向ひ、まるで対峙してゐるやうに睨みつけてゐたが道主に促されて、やむなく香炉へ香を焚いた。
「——おのれツ!」
何を見たか、とたんに孫策は、帯びたる短剣を、投げつけた。剣は侍臣のひとりに突(つき)刺さつたので、異様な絶叫が、堂に籠つた。
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次回 → 孫権立つ(二)(2025年5月12日(月)18時配信)
なお、日曜日については夕刊が休刊のため、配信はありません。