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震ひ怖れた敵は十方へ逃げ散つてしまつたらしい。ふたゝび静かな松籟(まつかぜ)が返つて来た。
関羽は、二夫人の車を護つて、夜の明けぬうち鎮国寺を立つた。
別れるにのぞんで慇懃に、長老の普浄に礼をのべて、御無事を祈るといふと、普浄は、
「わしも、もはやこの寺に、衣鉢をとゞめてゐることはできません。近く他国へ雲遊しませう」
と、云つた。
関羽は、気の毒さうに、
「此方のために、長老もついに寺を捨て去るやうな仕儀になつた。他日、ふたゝび会ふ日には、かならず恩におこたへ申すであらう」
つぶやくと、呵々(カヽ)と笑つて、普浄は云つた。
「岫(チウ)に停(とゞ)まるも雲、岫を出づるも雲、会するも雲、別るゝも雲、何をか一定(イチヂヤウ)を期せん。——おさらば、おさらば」
彼に従つて、一山の僧衆もみな騎と車を見送つてゐた。かくて、夜の明けはなれる頃には、関羽はすでに、沂水関(河南省・洛陽郊外)をこえてゐた。
滎陽の太守王植は、すでに早打(はやうち)をうけとつてゐたが、門をひらいて、自身一行を出迎へ、すこぶる鄭重に客舎へ案内した。
夕刻、使(つかひ)があつて、
「いさゝか、小宴を設けて、将軍の旅愁をおなぐさめゐたしたいと、主人王植が申されますが」
と、迎へが来たが、関羽は、二夫人のお側(そば)を一刻も離れるわけにはゆかないと、断つて、士卒とともに、馬に秣糧(まぐさ)を飼つてゐた。
王植は、むしろよろこんで、従事胡班をよんで、ひそかに、謀計をさづけた。
「心得て候」
とばかり、胡班はたゞちに、千餘騎をうながして、夜も二更の頃ほひ、関羽の客舎をひそやかに遠巻(とほまき)にした。
そして寝しづまる頃を待ち、客舎のまはりに投げ炬火(たいまつ)をたくさんに用意し、乾いた柴に焰硝(エンセウ)を抱きあはせて、柵門の内外へ搬(はこ)びあつめた。
「——時分は良し」
と、あとは合図をあげるばかりに備へてゐたが、まだ客舎の一房に燈火(ともしび)の影が見えるので、何となく気にかゝつてゐた。
「いつまで寝ない奴だな。何をしてをるのか?」
と、胡班は、忍びやかに近づいて房中を窺つた。
すると、紅(べに)蠟燭(ラフソク)の如く赤い面(おもて)に漆黒の髯をふさ/\と蓄へてゐる一高士が、机案(キアン)に肱(ひぢ)をついて書を読んでゐた。
「あつ?……この人が関羽であらう。さてさてうはさに違はず、これは世のつねの将軍ではない。天上の武神でも見るやうな」
思はず、それへ膝を落すと、関羽はふと面(おもて)を向けて、
「何者だ」
と、しづかに咎めた。
逃げる気にも隠す気にもなれなかつた。彼は敬礼して、
「王太守の従事、胡班と申すものです」
と、云つてしまつた。
「なに、従事胡班とな?」
関羽は、書物のあひだから一通の書簡をとり出して、これを知つてゐるかと、胡班へ示した。
「あゝこれは、父の胡華よりわたくしへの書状」
驚いて、読み入つてゐたが、やがて大きく嘆息して、
「もしこよひ、父の書面を見なかつたら、わたくしは天下の忠臣を殺したかもしれません」
と王植の謀計を打(うち)明けて、一刻もはやくこゝを落ち給へと促した。
関羽も一驚して、取るものも取りあえず、二夫人を車に乗せて、客舎の裏門から脱出した。
慌(あわた)だしい轍(わだち)の音を聞き伝へ、果たして八方から炬火(たいまつ)が飛んで来た。客舎をつゝんでゐた枯れ柴や焰硝はいちどに爆発し、炎々、道を赤く照(てら)した。
その夜。王植は城門を擁してきびしく備へてゐたが、却つて関羽のため、忿怒の一刃を浴びて非業な死を求めてしまつた。
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次回 → 五関突破(五)(2025年4月17日(木)18時配信)