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なにか餘興でもあるのかと、来賓は曹操のあいさつに拍手を送り、いよ/\興じ合つて待つてゐた。
ところが。——やがてそこへ現れたのは、十名の獄卒と、荒縄でくゝられた一名の罪人だつた。
「……?」
宴楽の堂は、一瞬に、墓場の坑(あな)みたいになつた。曹操は声高らかに、
「諸卿は、このあはれな人間を御承知であらう。医官たる身でありながら、悪人どもとむすんで、不逞な謀(たくらみ)をした為、自業自得ともいはうか、予の手に捕はれて、このやうな醜態を、各々の御酒興にそなへられる破目となりをつたものである。……天網恢々、なんと小癪(こしやく)な、そして滑稽なる動物ではないか」
「……」
もう誰も拍手もしなかつた。
いや、咳(しはぶき)一つする者さへない。
ひとり、なお餘息を保つてゐる吉平は、毅然として、天地に恥ぢざるの面(おもて)をあげ、曹操をにらんで云つた。
「情(なさけ)を知らぬは大将の徳であるまい。曹賊。なぜわしを早く殺さぬか。——人は決してわしの死を汝に咎(とが)めはしまい。けれど人は、汝がかくの如く無情なることを見せれば、無言のうちに汝から心が離れてゆくぞ」
「笑止な奴。そのやうな末路を身で示しながら、誰がそんな口賢いことばに耳を借さうか。獄の責苦がつらくて早く死にたければ、一味徒党の名を白状するがよい。——さうだ、各々、吉平の白状を聞き給へ」
彼は直(たゞち)に、獄吏に命じて、そこで拷問をひらき初めた。
肉をやぶる鞭の音。
骨を打つ棒のひゞき。
吉平のからだは見るまに塩辛のやうに赤く〔くた/\〕になつた。
「……」
満座、酒をさまさぬ顔はひとつとしてなかつた。
わけても〔がく/\〕と、ふるへ顫(おのゝ)いてゐたのは、王子服、呉子蘭、种輯(チウシフ)、呉碩の四人だつた。
曹操は、獄吏へ向つて、
「なに、気を失つたと。面(おもて)に水をそゝぎかけて、もつと打て、もつと打て」
と、励ました。
満水をかぶると、吉平はまた息を吹き回(かへ)した。同時に、その凄い顔を振りながら、
「ああ、わしはたツた一つ過つた。——汝にむかつて情を説くなど、木に魚を求めるよりも愚(おろか)なことだつた。汝の悪は、王莽に超え、汝の姦佞(カンネイ)なことは、董卓以上だ。いまに見よ。天下こと/゛\く汝をころして、その肉を啖(くら)はんと願ふであらう」
「云うてよいことは云はず、云へば云ふほど苦しむことをまだ吐(ほざ)くか」
曹操は、沓(くつ)をあげて、彼の横顔を蹴つた。吉平は大きなうめき声を出して絶え入つた。
「殺すな。水をのませろ」
酒宴の客はみなこそ/\と堂の四方から逃げ出してゐた。
王子服達の四人も、すきを見てぱつと扉のそばまで逃げかけたが、
「あ、君達四人は、しばらく待ちたまへ」
と、曹操の指が、するどく指して、その眼は、人の肺腑をさした。
王子服達のうしろには、すでに大勢の武士が墻(かき)をつくつてゐた。曹操は冷やゝかに笑ひながら四人の前へ近づいて来た。
「各々には、さう急ぐにもあたるまい。これから席を更(か)へて、極(ご)く小人数で夜宴を催さう。……おいつ、特別の賓客をあちらの閣へ御案内しろ」
「はつ。……歩け!」
一隊の兵は、四人の前後を、矛(ほこ)や槍でうづめたまゝ、一閣の口へながれこんだ。呉子蘭の足も王子服の足も明らかにふるへてゐた。四人の魂はもうどこかへ飛んでしまつてゐる。
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次回 → 美童(五)(2025年2月15日(土)18時配信)