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その劉岱のすがたへ、ふと眼をとめると、玄徳は何を思つたか、劉岱の縛(いまし)めを解いて、
「さあ、こちらへ」
と、一閣の内へ、自身で案内して行つた。
そこには、さきに捕虜とされた王忠が贅沢な衣服や酒食を与へられて、軟禁されてゐた。
玄徳は、敵の虜将たる二人を、美酒(ビシユ)佳肴(カカウ)の前にならべて置いてかう云つた。
「敵の玄徳に、酒食を饗せられるは心外なりと思(おぼし)召すやも知れませんが、どうかそんな御隔意はすてゝ充分おすごし下されたい」
杯をすゝめ、礼言を重んじ、すこしも対手(あひて)を敗軍の虜将と蔑(さげす)むふうもなく、
「——寔(まこと)に、この度のまちがひは、不肖玄徳にとつても、あなた方にとつても、不幸なる戦ひでした。元々、自分は丞相から大恩をうけてゐますし、まして丞相の命は、朝廷の御命です。何でそれに叛(そむ)きませうか。常に、折あらば報ぜんと思ひ、事ありては、かく誤解されてゐる身の不徳を嘆いてゐるのです。どうか、都へお立帰りの上は、この玄徳の衷情(チユウジヤウ)を、曹相へくれぐれも篤くお伝へしていただきたい」
劉岱と王忠は、彼の慇懃(インギン)と、その真実をあらはしていふ言葉に、たゞ意外な面持であつた。
で、二人も、誠意をもつて答へずにゐられなかつた。
「いや、劉豫州。おん身の真実はよく分つた。けれど、われわれは足下の擒人(とりこ)である。どうして都の丞相へ、そのことばをお取次ぎできようか」
「一時たりとも、縄目の恥をお与へして、申しわけないが、元より玄徳には、御両所の生命を断たんなどゝいふ不逞な考へはありません。いつでも城外へお立ち出で下さい。それも玄徳が丞相の軍に対して、恭順を示し奉る実證のひとつとお分り下されば、有難いしあはせです」
果(はた)して、翌日になると、玄徳はふたりを城外へ送りだしたのみか、捕虜の部下もすべて劉岱、王忠の手に返した。
「まつたく、玄徳に敵意はない。しかも彼は、兵家の中にはめづらしい温情な人だ」
ふたりは感激して、匆々(サウ/\)、兵をまとめ、許都へさして引揚げて行つたが、途中まで来ると、一叢(イツサウ)の林の中から、突として、張飛の軍隊が襲つて来た。
張飛は二将の前に立(たち)塞がつて、眼をいからしながら、
「せつかく生捕(いけどり)にした汝等ふたりを、むざ/\帰してたまるものか。兄貴の玄徳が放してもおれは放さん。通れるものなら通つてみろ」
と、例の丈八の大矛(おほほこ)をつきつけて云つた。
劉岱と王忠も今は戦ふ気力もなく、たゞ馬上で震へあがつてゐた。すると、後からたゞ一騎、かかる事もあらうかと玄徳のさしづで追(おひ)かけて来た関羽が、
「やあ張飛!張飛!また要らざる無法をするか。家兄(このかみ)の命にそむくか!」
と、大声で叱りつけた。
「やあ兄貴か、何で止める。今こやつ等を放せば、ふたたび襲(や)つて来る日があるぞ」
「重ねて参らば、重ねて手捕(てどり)にするまでのことだ」
「七面倒な!それよりは」
「成らんと申すに」
「だめか」
「強ひて両将を討つなら、関羽から先に対手(あひて)になつてやる。さあ来い」
「ば、ばかを云へ」
張飛は横を向いて、舌打(したうち)を鳴らした。
劉岱、王忠のふたりは、重ね重ねの恩を謝し、頭を抱へんばかりな態で許都へ逃げ帰つた。
その後。
徐州は守備に不利なので、玄徳は小沛の城に拠ることゝし、妻子一族は関羽の手にあづけて、もと呂布のゐた丕邳(カヒ)(ママ)の城へ移した。
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次回 → 奇舌学人(一)(2025年1月23日(木)18時配信)