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「……さうかな?」
曹操の面には動揺が見えだした。
「さうですとも」
郭嘉は、さらに痛言した。
「露骨にいへば、あなたは玄徳に一ぱい喰はされた形です」
「どうして」
「玄徳は、あなたが観てゐるやうなお人〔よし〕の凡物ではありません」
「いや、予も初めはさう考へてゐたが」
「さうでせう、その玄徳が、何でにはかに、菜園に肥桶(こえをけ)を担つたり、鼻毛をのばしてゐたかです。——丞相ほどな熒眼(ケイガン)が、どうして玄徳だけにはさうお甘いのでせうか」
「では彼が、予の軍勢を借りて、予のために袁術を敗らんと云つたのは噓だらうか」
「満更(まんざら)、噓でもありますまい。けれど丞相のためなどと自惚(うぬぼ)れておいでになつたら大間違ひですぞ。彼の行動は飽(あく)まで彼のためでしかありません」
「しまつた……」
曹操は足ずりして、悔を唇に嚙み、これわが生涯の過ち、あの雷怯子(ライケフシ)めに〔して〕やられたり矣——と長嘆した。
時に帳外に声あつて、
「丞相。何をか悔い給ふぞ。それがしが一鞭に追ひかけ、彼奴めをこれへ生捕つて参り候はん」
と、いふ者がある。
諸人、これを見れば、虎賁校尉(コホンカウヰ)許褚である。
「許褚か。〔いしく〕も申したり。急げ!」
軽騎の猛者五百をすぐつて、許褚は疾風のごとく玄徳を追ひかけた。
馳(かけ)飛ぶこと四日目、追ひついて、許褚、玄徳の双方は、各々の兵をうしろにひかへて馬上のまゝ会見した。
玄徳は曰(い)ふ。
「校尉。なにとて、こゝへは来給へる?」
許褚は答へて、
「丞相の命である。兵をそれがしに渡し、直ちに都へ引つ返されい」
「こは思ひがけぬ事。われは天子にまみえて詔詞を賜ひ、また親しく丞相の命をも受けて、堂々と都を立つて来たものである。然(しか)るに今、後より御辺をさし向けて兵を返せとは。はゝあ、わかつた。さては汝も、郭嘉、程昱(ていいく)などの輩と同腹のいやしき物乞(ものごひ)の仲間か」
「なに、物乞の徒だと」
「さなり!怒りをなす前に、まづ自身を質(たゞ)せ。われ出発の前、郭嘉、程昱の両名が、しきりと賄賂をもとめたが、対手(あひて)にもせず拒んだ故、その腹(はら)癒(い)せに、丞相へ讒言(ざんげん)して、御辺をして追はしめたものと思はるゝ……あら笑止、物乞の舌さきに躍らせられて、由々しげに使して来た人の正直さよ」
玄徳は、呵々と笑つて、
「それとも、腕づくでも、われを引(ひき)戻さんとなれば、われに関羽張飛あり、御挨拶させてもよろしい。然(しか)し、丞相のお使(つかひ)を、首にして返すもしのびぬ心地がする。——御辺もよく/\賢慮あつて、右の趣きを、よく相府に伝へ給へ」
云ひすてると、玄徳は、大勢の中へ姿をかくし、その軍勢はすぐ歩旗(ホキ)整々、先へ行つてしまつた。
許褚は、施す手もなく、むなしく都へ引つ返して、有(あり)の儘(まゝ)を曹操へ復命した。
曹操は憤つて、すぐ郭嘉をよびつけ、賄賂のことを厳問した。
郭嘉は、色をなして、
「何たることです。手前の云ふそばから又、玄徳めに欺(あざむ)かれて、手前までを邪視なされるとは」
すると曹操もすぐ覚つたらしく、快然と笑つて、郭嘉の顔いろを宥(なだ)めた。
「今のは一場の戯れだよ。月日は呼べどかへらず、過失は追ふも旧にもどらず。もう君臣の仲で愚痴はやめにしよう。……愚(おろか)だ、愚だ。むしろ一杯を挙げて新(あらた)に備へ、後日、けふのわが失策を百倍にして玄徳に思ひ知らせてくれん。郭嘉、楼へのぼつて酒を酌まうではないか」
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次回 → 偽帝(ぎてい)の末路(一)(2024年12月27日(金)18時配信)