三国志研究会(全国版)会報

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吉川英治『三国志(新聞連載版)』(116)赤兎馬(六)
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吉川英治『三国志(新聞連載版)』(116)赤兎馬(六)

昭和15年(1940)1月20日(土)付掲載(1月19日(金)配達)

三国志研究会(全国版)
Jan 19, 2024

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第一回 → 黄巾賊(一)

前回はこちら →  赤兎馬(五)

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 豫定の計画である。李儒は、はつと答へるなり、用意の宣言文を披(ひら)いて

「策文(サクモン)つ——」

 と高らかに読み初めた。

  孝霊皇帝

  眉寿(ビジユ)ノ祚(サイハヒ)ヲ究(キハ)メズ

  早ク臣子ヲ棄給(ステタマ)フ

  皇帝承(ウ)ケ紹(ツイ)デ

  海内側望ス

  而(シカ)シテ天資軽佻(テンシケイテフ)

  威儀恪(ツヽシ)マズシテ慢惰(マンダ)

  凶徳スデニ兆(アラハ)レ

  神器ヲ損(ソコナ)ヒ辱(ハヅカシ)メ宗廟汚(ケガ)ル

  太后亦(マタ)教(ヲシヘ)ニ母儀ナク

  政治(マツリゴト)統(スベ)テ荒乱

  衆論爰(コヽ)ニ起ル大革(タイカク)ノ道

 李儒は、更に声を大にして読みつゞけてゐた。

 百官の面(おもて)は色を失ひ、玉座の帝はおおゝき慄(ふる)へ、嘉徳殿上寂(セキ)として墓場のやうになつてしまつた。

 すると突然、

「噫(あゝ)、噫……」

 と、嗚咽して泣く声が流れた。帝の側にいた何太后であつた。

 太后は涙に咽(むせ)ぶの餘り、遂に椅子から坐りくづれ、帝の沓(くつ)にすがりついて、

「誰が何と云つても、あなたは漢の皇帝です。うごいては不可(いけ)ませんよ。玉座から降つてはなりませんよ」

 と、云つた。

 董卓は、剣を片手に

「今、李儒が読み上げた通り、帝は闇愚にして威儀なく、太后は教(をしへ)に晦(くら)く母儀の賢(ケン)がない。——依つて今日より、現帝を弘農王(コウノウワウ)とし、何太后は永安宮に押籠(おしこ)め、代るに陳留王をもつて、われらの皇帝として奉戴(ホウタイ)する」

 云ひながら、帝を玉座から引き降ろして、その璽綬(ジジユ)を解き、北面して臣下の列の中へ無理に立たせた。

 そして、泣き狂ふ何太后をも、即座にその后衣(コウイ)を剝(は)いで、平衣(ヘイイ)とさせ、後列へ退けたので、群臣も思はず眼を掩(おほ)うた。

 時に。

 たゞ一人、大音をあげて

「待てつ逆臣つ。汝董卓、抑(そも)誰から大権を享(う)けて、天を欺き、聖明の天子を、強(し)ひて私(わたくし)に廃せんとするか。——如(し)かず!汝と共に刺し交(ちが)へて死なう」

 云ふや否、群臣のうちから騒ぎ出して、董卓を目がけて短剣を突きかけて来た者があつた。

 尚書(シヤウシヨ)丁管(テイクワン)と云ふ若い純真な宮内官であつた。

 董卓は、愕(おどろ)いて身を交(かは)しながら、醜い声をあげて救(たす)けを呼んだ。

 刹那——

「うぬつ、何するかつ」

 横から跳びついた李儒が、抜打(ぬきうち)に丁管の首を斬つた。同時に、武士等の刃(やいば)もいちどに丁管の五体に集り、殿上はこの若い一義人の鮮血で彩られた。

 さはあれ、こゝに。

 董卓は遂にその目的を達し、陳留王を立てゝ天子の位に即(つ)け奉り、百官も亦(また)彼の暴威に怖れて、万歳を唱和した。

 そして、新しき皇帝を、献帝(ケンテイ)と申上げることになつた。

 だが、献帝はまだ年少である。何事も董卓の意のまゝだつた。

 即位の式がすむと、董卓は自分を相国(シヤウコク)に封じ、楊彪(ヤウヘウ)を司徒とし、黄琬(クワウヱン)を太尉に、荀爽(ジユンサウ)を司空に、韓馥(カンフク)を冀州の牧(ボク)に、張資(チヤウシ)を南陽(ナンヤウ)の太守に——と云つたやうに、地方官の任命も輦下(レンカ)の朝臣の登用も、みな自分の腹心をもつて当て、自分は相国として、宮中にも沓(くつ)を穿(は)き、剣を佩(は)いて、その肥大した体躯を反(そ)らしてわが物顔に殿上に横行してゐた。

 同時に。

 年号も初平(シヨヘイ)元年と改められた。

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次回 → 春園走獣(しゆんゑんそうじう)(一)(2024年1月20日(土)18時配信)

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